FacebookのMark Zuckerberg氏の今年の抱負は「2週間に1冊は本を読む」だ。ちなみに、ここ数年の同氏の新年の抱負は以下のとおり。
- 2010年:中国語を学ぶ。
- 2011年:自分で処理した肉だけを食べる。
- 2012年:コーディング再び。
- 2013年:Facebook社員以外で、毎日新しい人と知り合う。
- 2014年:お礼メッセージを毎日送る。
昨年は中国での質疑応答を中国語だけでこなしてみせ、2010年の抱負を真面目に実行していたことを証明した。今年も読み始めた本を公開する「A Year of Books」というコミュニティページを用意。「本を読む時間を作るためにメディア・ダイエットを進める」とやる気満々だ。A Year of Booksには数日で22万超の「いいね!」が付いたので、Zuckerberg氏の読書にはたくさんの人が興味津々のようだ。筆者も「いいね!」を付けた。
新年の抱負として読書は珍しいものではないが、Zuckerberg氏が読書を勧めるというのはおかしな話でもある。だって、Facebookも人々を本から遠ざけているメディアの1つであり、同氏がメディア・ダイエットと言うと「Facebookを使う時間を減らす」と言っているように聞こえるからだ。
Zuckerberg氏は単純にもっと本を読んで知識を広げたくて読書を選んだのだろう。しかし、ソーシャルとライフスタイルは切って切れない関係であり、Zuckerberg氏のメディアダイエット宣言は、筆者に昨年から新たなソーシャルメディアを目指し始めた"Facebookの変化"を連想させる。
Facebookが若者離れを気にしない理由
FacebookがデスクトップPCで使うSNSだった頃、FacebookはユーザーをFacebookにログインさせ、より多くの友達と結びつき、なるべく長い時間をFacebookで過ごさせようとしていた。それは今も変わらないが、モバイルに軸足を移してからは以前ほど重要なことではなくなってきている。それはFacebookのアクティブユーザーが13億人を超え、「世界中の人をFacebookユーザーに」を目指しながらも現実的にはそろそろ十分と思っている……からではない。PCの時代とモバイルでは、人々とインターネットの関係が違ってきているからだ。
Webの世界をあちら側、現実の世界をこちら側とする表現があるが、デスクトップPC時代とモバイル時代のWebの最も大きな違いは、このあちら側とこちら側の境があいまいになっていることだろう。
例えば、タクシーが必要な時、Uberを使うとスマートフォン内のあちら側の世界で近くにいるUberドライバーを確認でき、そのうちの1台を選ぶと、すぐにこちら側の世界でUberの車がやってくる。米Amazonが昨年末に開始したPrime Nowも好例の1つだ。スマートフォンのPrime Nowアプリで購入した商品が、1時間以内にユーザーの元に届く。オンラインストアが近所にあるようだ。
PC時代はWebを活用するためにユーザーがPCの前に座る必要があり、それがあちらとこちらの距離を隔てていた。でも、スマートフォンは常にユーザーと共にあり、ユーザーの生活をモニターできるセンサーも備えるから、開発者のアイデア次第で私たちの生活とWebの世界を融合できる。
UberやPrime Nowはソーシャルネットワークではないが、私たちの生活にWebを溶け込ませる。PCの前に座って日々の生活を投稿するよりも、Webが深く私たちの生活に関わっているように感じるのは筆者だけではないだろう。
そうしたなか、Facebookはどのように変わろうとしているのか。このことについて知りたければ、昨年Facebookの開発者会議「f8」の後にFast Companyで公開されたAustin Carr氏のレポート「Facebook's plan to own your phone」を読むことをオススメする。タイトルだけで判断するとFacebookのスマートフォン戦略に思えるが、モバイルに軸足を置き始めたFacebookが5年後、10年後を見通してどこに向かおうとしているかが見えてくる。
「匿名を条件に取材を受けたFacebook関係者の1人は『新しいFacebookは以前のFacebookとはまったく異なる』と断言した。これまでのソーシャルネットワークにとらわれている人々に対し、『よく調べてみることだ。私たちはすでに異なる世界にいるのだ』と述べた」(Facebook's plan to own your phone)
Facebookは昨年のf8で、モバイルアプリ間の連係を可能にするオープンなクロスプラットフォームソリューション「App Links」を発表した。例えば、App Linksにより、映画を紹介するアプリから直接チケットを購入できるアプリを開き、購入後に紹介アプリに戻ってくることが可能になる。また、昨年4月にモバイルアプリが必要とする主要な機能を提供するモバイルバックエンドサービス(MBaaS)「Parse」を買収している。
iOSとAndroid、2つのプラットフォームが市場を占めるモバイルアプリによるモバイルWebの時代は、米国においてAOLがインターネットだった頃に似ている。そんなプラットフォームに支配されるモバイルの時代にFacebookは「クロスプラットフォームのためのプラットフォーム」になろうとしている。これはFacebookというソーシャルネットワーキングサービスから多くの人たちがイメージするソーシャルとは異なる。でも、それがモバイルの時代にFacebookが築こうとしているものなのだ。
相似例として、AmazonのAmazon Web Services(AWS)が挙げられる。「Web 2.0」がバズワードになり始めた10年前、Webスタートアップを行うには自前でバックエンドとスタッフを整えなければならなかった。しかし、AWSの登場によって、そんな苦労からWebスタートアップは解放された。
Amazonがクラウドサービス事業に乗り出した当時、投資家からは「本業に専念すべし」と厳しく批判されたが、しゃにむに荒野を開拓し続けてきた結果、AWSが優良事業に成長しただけではなく、社会のクラウドへのシフトが加速し、本業におけるAmazonの地位も盤石になった。ParseやApp Linkを仕掛けるFacebookもアプリ・エコノミーにおいて同様のチャンスを追い求めているのだろう。
「Facebookが今、野望に向けて取り組んでいるのは、ユーザーをFacebookにログインさせたり、その機能を使って長い時間を過ごさせたりすることではない。外部の開発者に、これらのツールを採用させることに目標達成のすべてがかかっている」(Facebook's plan to own your phone)
Facebookは1月28日に2014年10月-12月期決算を発表する。おそらく、昨年の決算発表の時と同じように、Q&Aで若い層のFacebook離れに関する質問が出てくるだろう。でも、それは「今のティーンエージャーはコカコーラではなく、モンスターエナジーを好む」と言ってるようなものだ。
モンスターエナジーを製造するMonster Beverageは南カリフォルニアの小規模な清涼飲料メーカーだった。それが今や、世界中でモンスターエナジーを販売できるのは、Coca-Colaが大株主であり、流通パートナーになっているからだ。コカコーラは今の若者に受けるような飲み物ではないが、The Coca-Cola Companyは今も清涼飲料市場の進化を支えている。Facebookが目指しているのはThe Coca-Cola Companyのようなソーシャルメディアの帝国であり、その未来を左右するのは"若いFacebookユーザーの拡大"ではなく、アプリ・エコノミーに浸透する"パートナーシップの拡大"である。