米MicrosoftがiOS版のOfficeアプリ(Word、Excel、PowerPoint)の編集・作成機能を無償で使用できるようにした。これまでアプリ自体は無償提供されていたが、無償で使用できるのは表示・閲覧のみ。編集・作成にはサブスクリプションサービスのOffice 365の契約が必要だった。バージョン1.2から表示・閲覧・編集・作成といった基本機能をすべて無償で使用できる。

基本とはいっても、かなりのことができるので、これで十分という人も多いと思う。同様に、来年前半にはAndroidタブレット版も登場する予定で、同社はOfficeのモバイルアプリを基本無償で提供する戦略に踏み出したと言える。

Microsoftの方針転換についてMarco Arment氏は、次のように述べている。「スマートフォンとタブレットにおけるOffice市場の現実を、ようやくMicrosoftが受け入れたように見える。(無償で提供されている)GoogleドキュメントやiWorkと競争する必要があるのはもちろんだが、Officeアプリを使う必要がない(または頻繁に使う必要はない)と多くの顧客が考えていることに対応しなければならない。Officeの市場と価値に対するこれ以上の浸食を食い止めるため、カジュアルな個人利用には無料で提供し、ニーズと予算がそろっている大規模なビジネスから収入を上げる……大胆な動きだが、理にかなっていると思う」

Instapaperの生みの親であるArment氏らしい厳しいコメントであり、遅きに失したというニュアンスも伝わってくるが、少なくとも過去1年間でOfficeは目覚ましく変化した。「より多くの人に買ってもらう」から「より多くの人に使ってもらう」、「Office Everywhere, For Everyone」へのシフトを進め、あらゆるデバイスで共通した使用体験でOfficeを使えるようになる将来をユーザーが思い描けるようにしてから無料化に踏み切った。下降線を転がり落ちるような「無償提供」ではなく、「Office Everywhere, For Everyone」にのっとったものであり、だからこそユーザーは基本機能を無償で使えるOfficeにより魅力を感じると思う。

iPad用のExcelアプリ

ユーザーが求めるユーザー体験を形にする「エンパシー」

Satya Nadella氏がCEOに就任してから、Microsoftは大胆にビジネススタイルを変化させ、製品開発のペースも加速させている。一体何が変わったのか。同氏が掲げた「モバイル優先、クラウド優先」はもちろんだが、個人的にはエンパシー(共感)ではないかと考えている。Officeの例で言えば、ユーザーも「Office Everywhere, For Everyone」の未来を思い描いて期待し、それにMicrosoftはこたえている。

エンパシーはJeff Sussna氏が「Empathy: The Essence of DevOps」というコラムで「DevOpsの本質である」と指摘して話題になった。

「(DevOpsは)開発者とシステム管理者が同じバイスプレジデントに報告を上げることでない。すべてのコンフィギュレーションの手順を自動化することでもない……開発者にコードをPaaSにデプロイさせることですらない。DevOpsの本質は"エンパシー(共感)"である」

DevOpsとは、開発(Dev)と運用(Ops)を連携させ、柔軟かつスピーディーに作り上げていく開発手法を指す。DevOpsを実現するためのツールやエンジニアリング手法が活発に議論されているが、そもそも新たなアプリケーションや機能を試したい開発(Dev)と、安定的にシステムを稼働させたい運用(Ops)は衝突する間柄である。

だから、まずは開発と運用、すべてのメンバーが互いに自身と相手の立場を理解し、どのように動けば効率的に進められるかを考えるようにしなければ、どんな手法を使ってもうまくかみ合わない。それがエンパシーであり、全員で目標を共有し、団結して進むことでDevOpsは機能する。だから、Sussna氏は「DevOpsはカルチャーだ」と明言している。

さらに同氏は「すべてに共感が行き渡ることが重要だ。開発と運用だけではなく、ユーザーとも共感する必要がある。サービスとは価値の共創である。顧客がその目的を満たすためにうまくサービスを用いた時に価値は生じる。したがって、サービスは顧客とプロバイダーの継続的な会話を必要とする。それを成功に導くのはエンパシーである」としている。

開発と運用のエンパシーは柔軟でスピーディな開発を実現するが、ユーザーが何を求め、どのような問題に直面しているかといったユーザーの立場や体験も共感・理解することで、真に人々のためのシステムやサービスを作り上げられるというわけだ。

パッケージ販売からサービスに軸足を移そうとしているOffice。Microsoftは「Office Everywhere, For Everyone」という明確なゴールを掲げ、iPad版を優先して提供したり、無料化に踏み切ったりするなど、従来のルールに縛られずに効果的な手を打ち続けている。新たなiOS用Officeアプリをリリースする前にも、MicrosoftはDropboxとの提携や、Office 365ユーザーに容量無制限のOneDriveを提供すると発表して私たちを驚かせた。

Nadella体制の同社はまるでスタートアップのように柔軟で、巨大な組織とは思えないほど軽やかに変化する。それはビジネスモデルだけではなく、組織を動かすカルチャーが変わったとしか考えられない。そんなMicrosoftのモバイル戦略にユーザーも共感しているのは、Office for iPadが4000万ダウンロードを記録し、個人向けOffice 365サービスの契約者が710万ユーザーを超えたという数字に表れている。

筆者自身はApple製品とGoogleアカウントを組み合わせて使っているが、この1年でMicrosoftに共感するものが膨らみ、新製品を細かくチェックするようになった。同社のプラットフォームを選択することを真剣に考えるようになったし、Windows 10への期待も高まっている。