米プロアメリカンフットボールリーグNFLが9月4日に開幕する。今年はサンフランシスコ49erがシリコンバレーのど真ん中に作られた新スタジアムで開幕を迎える。どこよりも快適にネットを利用できるように設計された"スマートスタジアム"だ。Intel、Sony、Brocadeなどがテクノロジーパートナーに名を連ねている。これはシーズン開幕前に予習しておかなければ……と、さっそく新スタジアム「Levi's Stadium」のプリシーズンゲームの観戦に出かけた。
Levi'sスタジアムが熱烈アピールしているポイントの1つが「Wi-Fi接続」だ。NFLに限らず、MLBやNBAでも観客が集まってきたらスタジアムのWi-Fiは無用の長物だ。まったくつながらない。ところが、Levi'sスタジアムには100席ごとにWi-Fiルーターが配置されていて、バックボーンは40Gbps。これは現在米国にあるスタジアムの40倍のインターネット帯域で、NFLがスタジアムに2015年までの対応を求めている基準の4倍である。
試してみたら、さすがに満席近いスタジアムでは簡単にはつながらなかったが、辛抱強く試していたら接続でき、しかもつながってしまえばけっこう速い。また携帯キャリア大手がスタジアム内で観客が快適に4G LTEネットワークを利用できるように基地局アンテナを増設しており、LTEの接続も安定している。Wi-FiとLTEの両方を使える端末を持っていたら、スタジアム内でデータを利用するのは困らない。68,500人収容のスタジアムで、これだけインターネットを使えるというのは通常の米国のモバイル接続事情を考えるとスゴいことだ。
Levi'sスタジアムで必須なのが公式アプリ「Levi's Stadium App」(iOS、Android)である。チケット・駐車券の購入・管理、ガイド、ライブ中継/オンデマンド・リプレイ、食べ物や飲み物の注文&支払いといった機能を備える。スタジアム内にはBeaconネットワークが敷設されていて、位置がピンポイントで特定されるので、アプリのガイドで座席や最寄りのトイレ、駐車場の出口などにまっすぐにたどり着ける。アメフトは戦略的なスポーツであり、ベンチワークや試合の状況を知るためにポータブルTVやラジオをスタジアムに持ち込む人が多かったが、アプリがあればその必要はない。知りたい情報にスムースにアクセスできる。アプリから食べ物や飲み物を注文したら、フードショップの長い行列を避けられる。
特に目新しい機能はないものの、満席のスタジアムでちゃんとモバイルアプリを利用できるというだけで新鮮、とても便利だ。これを体験すると、他のスタジアムでの観戦が物足りなくなりそうだ。
ところが、周りを見回してみると試合中にスマートフォンを手にしている人が少ない。ネット接続環境が整っているので、メールやメッセージ、SNSを使っている人はいる。でも、Levi's Stadiumアプリを活用している人が見当たらない。アプリで食べ物を注文している人も少なく、フードショップの行列は相変わらず。食べ物を買いに席を立った人が周りに「何かいる?」と声をかける昔ながらの光景がそこかしこで見られた。
5年ほど前に、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地であるAT&Tパークがスタジアムサービス用アプリを強化した時には、アプリを試している人がたくさんいた。Levi'sスタジアムの方が熱心にアプリを宣伝しているし、そもそもスマートフォンの所有者が5年前から格段に増えているはずだから、さっぱり盛り上がっていないのは意外だった。
理由は色々と考えられるが、大きいと思われるのがアプリへの関心だ。5年前はスマートフォン用のモバイルアプリがまだ珍しい存在で、話題のアプリは何でも試してみたいと思った。でも、今はよほど話題になっているか、役立ちそうなアプリでなければ端末にインストールしない。年に数回ぐらいは観戦しそうな筆者もLevi's Stadiumアプリをインストールするのに積極的な気分ではなかった。次にいつ観戦するか分からない人ならなおさらだろう。また、5年前のスマートフォンユーザーは新しいモノ好きで占められていたが、今は特にモバイルアプリの情報に敏感ではないユーザーが増えている。
米スマホユーザーの65.5%がアプリ導入"ゼロ"
ComScoreが8月にリリースした米モバイルアプリ・レポートによると、スマートフォンユーザーの88%がデジタルメディアをスマートフォンで楽しみ、57%が毎日アプリを使っていると答えた(ひと月26日以上なら79%)。モバイルアプリの使用時間も1年前から52%も増加した。その一方で、いくつかのアプリ(スマートフォンの標準アプリ、Facebook、YouTubeなど)に利用が集中する傾向が強まっており、65.5%が4月-6月の間にまったくアプリをダウンロードしていないと回答、月に1つが8.4%、2つが8.9%だった。
このアプリのダウンロード離れについて、ReadWriteのAdrian Lee氏は「Maybe we've just reached peak app」という記事で「アプリ使用の成熟」と「アプリ疲れ」を指摘している。デジタルメディアやコミュニケーションといったスマートフォンで必要な機能にはいくつかのアプリで十分であり、たくさんのアプリをインストールすると管理がタイヘンになるだけだ。パフォーマンスの低下やセキュリティへの影響も考えられる。スマートフォンユーザーはそれを経験で学び、再び"アプリ疲れ"に陥らないように必要なアプリだけに絞り込むようになってきた。
個人的には今でも月に少なくとも3-4個は新しいアプリを試してるが、以前に比べたら日常的に使っているアプリが変わらなくなったし、使わないアプリがどんどん削除されてホーム画面は以前よりもすっきりとしている。
Levi'sスタジアムに話しを戻すと、"スマートスタジアム"として同スタジアムでの観戦を存分に楽しむにはスマートフォン+モバイルアプリが欠かせない。でも、以前のようにアプリを用意しただけでスマートフォンユーザーは無条件にユーザーが試してくれなくなり、むしろユーザーにアプリをインストールさせるのが難しくなっている。Levi'sスタジアムは最新のデザインなので、古いスタジアムに比べるとフードショップや駐車場などへのアクセスが容易で、様々なアトラクションも用意されている。Levi's Stadiumアプリを使わなくても普通に快適なスタジアムだ。
しかし、普通のスタジアムとして見ると、全ての料金が格段に高い。例えばビール1杯が11ドル(約1150円)。ある試算だと、前の方の座席×2、ビール×2、ホットドック×2で243ドル。49ersの前スタジアムCandlestickなら88.50ドルだった。倍以上である。でも、Levi'sスタジアム側は、他にはないスマートスタジアムの体験で満足できると主張しているのだ。
確かにLevi's Stadiumアプリを使いこなす観客なら、そこでしか味わえない体験に満足するかもしれない。でも、そうではない多くの観客は高すぎる普通の体験に不満を抱きそうだ。
モバイルアプリ利用は今も凄まじい勢いで伸びている。米国ではスマートフォンの浸透率の上昇がすでに緩やかになっており、2020年頃に飽和に達すると予想されている。Levi'sスタジアムのように、誰もがスマートフォンやタブレットを持っていることを前提に設計・運営される施設が、これから増えていくだろう。ただし、モバイルアプリをインストールする人がどのぐらいの割合に達するかをしっかりと見極める必要がありそうだ。モバイルアプリの使用時間が伸びているものの、一部の使われるアプリと、その他の使われないアプリの差が広がっていて、以前ほどモバイルアプリを活かした革新が起こりにくくなっている。このままだとLevi'sスタジアムのスマートスタジアム革命は「観客のモバイルアプリ導入率が低迷」→「高すぎる普通のスタジアムに不満噴出」というネガティブスパイラルに陥りそうだ。