iPhoneの話をしていて「ケースを使っている?」と聞かれる時がある。相手がApple好きの場合、ケースに入れていない素のままで使っているという答えを期待していることが多い。細部までこだわって完成されたデザインをカバーで覆ってはもったいない……というわけだ。

MacBook Airの新しい宣伝動画「Stickers」には、天板にステッカーが貼られた素ではないMacBook Airばかりが登場する。

MacBook Airの宣伝なのに主役はステッカー。まるでステッカーでデコるのを推奨しているかのようで、従来のApple製品の動画とはちょっと趣が異なる。

ちなみに筆者はiPhoneをケースに入れずに使っている。でも、Stickersを見ても複雑な気持ちにはならない。シリコンでiPhone全体を覆い隠してしまうようなケースと違って、ステッカーはディスプレイ裏で光るリンゴのロゴを生かしたカスタマイズであり、MacBook Airのデザインを台無しにしてはいない。

次々に登場するMacBook Airの中には、キズついて汚れているものもある。実際にユーザーが使っているMacBook Airを集めたのだろう。それが、またいい味である。新品にステッカーを貼っただけとは違って、弾きこまれて塗装がはがれたギターのような、使い込まれたものの魅力をまとっている。動画にユーザーは1人も登場しないし、ほぼMacBook Airの天板しか映っていないけど、MacBook Airを愛用しているユーザーが想像できるから見ていて楽しい。

ボロボロぶりからユーザーの愛用しているのが伝わってくる

公開のタイミングを考えると、Stickersは新学年開始(8月半ばから9月)前のバックトゥスクール商戦向けの宣伝ということだろう。ティーンエイジャーや大学生、若いユーザーの方が、筆者のようなおっさんユーザーよりもステッカーを貼って自己主張することに興味があるのは想像に難くない。

かつてはMacユーザーはPowerbookやMacBookを使っているだけで、PCユーザーの中で目立ち、ある種の主張もできた。でも、今はたくさんの人がMacBookやiPhoneを持ち歩いている。シリコンバレーだと、カフェでMacBookを開いて周りを見回したらほとんどがMacBookということが珍しくない。その結果、ステッカーを貼るような自己主張が増えている。

もちろん天板にステッカーを貼っているのはMacユーザーだけではない。Windows PCユーザーだって貼っている。でも、生真面目なデザインのPCだとミスマッチになりやすいというか、やはりMacのデザインの方がユーザーの遊び心に応えてくれる。それを逆手に、Macユーザーのステッカー貼りをストリートカルチャーのようにアピールしたAppleは巧いと思う。

時計のNixonみたいなBeats

数週間前にKhoi Vinh氏の「Looks by Dr. Dre」というブログ記事が話題になった。Appleが買収することで合意したBeats ElectronicsのWebサイトBeatsbydre.comでヘッドフォンのコレクションを見たら、他のエレクトロニクス企業とは違うアピール方法に驚いたという話だ。

「Beatsのヘッドフォン製品のカタログは、どのようなテクノロジー製品のカタログよりもNixonの腕時計のカタログに近い」

Nixonは時計を機能ではなく、スタイルと見た目で並べている。Beatsも高機能ヘッドフォンでありながら、機能ではなく、豊富なカラーやスタイルから選べるようにしている。

「ヘッドフォンだけでも60の異なるSKUがあり、これは管理しなければならない膨大なアイテム、たくさんのマテリアルの確保、複雑な出荷プロセスを意味する。このカタログはまた、Beatsが消費者の様々な願望を巧みに分析し、対応する製品を提供できる能力を示す……マットブラックでドイツの国旗のようなデザインをヒップホップ・ファンが好むことをいくつのメーカーが理解しているだろうか? Beatsは分かっている」

サウンドがなによりも優先されるはずの高性能ヘッドフォンで、Beatsはスタイル優先で若い消費者層の心をつかんだ。このユーザーのスタイルや自己主張への欲望を巧みに満たすBeatsの力を、Appleは買ったとVinh氏は見ている。

スタイルステートメントやファッションステートメントになるPCやモバイルデバイスが生き残るなどと言うと、特に昔からのPCユーザーには鼻先で笑われそうだが、今やPCはすっかりコモディティ(日用品)である。インターネットコンテンツを消費し、オンラインサービスのアプリを使うだけなら、タブレットやスマートフォンでもこと足りる。むしろ突出した機能や性能よりも、今のユーザーはクラウドを介したクロスプラットフォームやクロスデバイスの便利さを求めている。ユーザーがPCに触れている時間は変わらず長いものの、PCの存在感は薄れている。単なるネット端末の1つとしかPCを見なしていないユーザーは多い。これはPCだけではなく、すでにスマートフォンやタブレットにも起こりつつあることだ。でも、メモ取りに普通のボールペンとメモ帳を使わず、万年筆と手帳に愛情を注ぐユーザーがいるように、毎日の生活に必要な日用品だからこそ、自分を示すツールにこだわるユーザーがいるのだ。そんな人たちを満たす製品ということである。

ただ、単純にスペックでアピールできる機能や性能と違って、ユーザーのスタイルステートメントになる製品を作って提供するのは難しい。ブランド力、創業からの哲学や歴史、ユーザーコミュニティといったアドバンテージを持つAppleだって失敗している。同社が昨年投入したiPhone 5cは、iPhoneをスタイルステートメントとするユーザーの幅を広げようとした試みだったと考えると、低価格スマートフォン市場向けには高すぎる価格も納得である。だから、低価格スマートフォン市場に食い込めなくても仕方ない。しかし、iPhone 5sではなく、iPhone 5cを選んだ自分をアピールするユーザーを増やせていないのだから、iPhone 5cが成功だったとは言えない。

だから、BurberryのCEOだったAngela Ahrendts氏を小売&オンラインストア部門の責任者に迎え入れ、Beatsを買収するという大胆な強化に踏み切ったのだろう。ファッション産業出身のAhrendts氏がApple Storeの舵取りに適任かどうか議論になっているところだが、「Stickers」がこのように話題になっているのがAhrendts効果だとしたら、Appleはユーザーの心をつかむのが上手くなっている。