下の写真は、シリコンバレーのマウンテンビュー駅(カリフォルニア州)の裏側にある建物だ。2月にWhatsAppのJan Koum氏(CEO)がFacebookへの売却(190億ドル)に合意した際、契約書にサインした場所である。
母親と共にウクライナから移住してきたKoum氏は、生活保護のフードスタンプを受給できるほど苦しい生活を送っていた。床掃除の仕事などをしながら、独学でコンピュータネットワーキングを習得し、そしてアルバイトのセキュリティ検査でYahoo!を訪れた時に知り合ったBrian Acton氏とWhatsAppを作り上げた。契約書にサインするために選んだ建物は、かつてフードスタンプを受け取るために通った社会福祉事務所だった。契約の様子を伝えたBusiness Insiderは「WhatsAppのCEOが19億ドルのFacebookとの契約に署名した場所が示す到達点の高さ」という見出しを付けた。
この記事を読んだ人は、シリコンバレーにアメリカンドリームの可能性を感じるかもしれない。でも、地元の人たちはこのエピソードからアメリカンドリームが難しくなった"今"を思わずにはいられない。
Koum氏がティーンエイジャーだった頃のマウンテンビューはパロアルトやスタンフォード、サンノゼの間にあるシリコンバレーのすき間の街で、アイディアで勝負するスタートアップが最初のオフィスを構えるのに適した街だった。ところが、Google本社の城下町として発展し始めてから庶民色は霧散し、今では平均的なアパートの家賃が2000ドルを超える。空き物件に入居するのはGoogleやMicrosoft、SymantecなどIT大手の社員ばかり。テクノロジー産業に関わっていない人、所得が多くはない人たちが街から出て行き、持ち味だった多様性が失われようとしている。
それはマウンテンビューだけではなく、シリコンバレー全体、そしてサンフランシスコに及ぶ傾向でもある。家賃の急上昇に怒る住民が、高所得者層として流入してくるテクノロジ企業社員の通勤専用バスを取り囲んで抗議を行っていることを昨年末に紹介した。その後、市が通勤バスの規制に乗り出し、公共の停留所の使用に料金を徴収するようになった。それによって渋滞はいくらか緩和されたものの、根本的な原因である格差対立の溝は埋まっていない。むしろ、悪化している。先週末、Diggの共同設立者の1人で、現在はGoogle Ventureのパートナーを務めているKevin Rose氏のサンフランシスコの自宅前に抗議団体が現れた。個人にまで怒りの矛先が向けられるようになったのが現状である。
第2の機械による産業革命
シリコンバレーの格差対立は、テクノロジー産業の富が集中するシリコンバレーのローカル問題として報じられている。でも、決して対岸の火事ではない。米国のみならず、世界の他の都市でも将来に起こり得る問題だ。
それを示すのが、1月に刊行されて話題になった「The Second Machine Age (第2機械時代)」である。著者のErik Brynjolfsson氏とAndrew McAfee氏は、機械の知力が飛躍的に向上し、肉体労働だけではなく、知力を使う仕事も次第に機械が担うようになると予測する。それによって社会インフラが新たな次元へと進み、我々は社会、テクノロジー、そして経済の成長に対する見方を根本から改めざるを得なくなる。
「弁護士からトラック運転手まで、全ての職業に影響が及ぶだろう。企業は変化しなければ、衰退を強いられる。すでに、このシフトの影響が最近の経済指標から読み取れる。労働に従事する人が減少し、生産性や利益は向上しているのに賃金は減少している」
起業家やイノベータ、プログラマや機械いじりが好きな人、科学者、デザイナーなど、色んなタイプのギークが第2機械時代への変化の中で自分の力を発揮できる可能性がある。反面、"勝者総取り"の傾向が強まり、第2機械時代に大きな成功をつかめる層は今よりも小規模なグループに限られる。中間層は第2機械との競争に直面し、最下位の人たちの生活は一段と悪化、格差対立が深まる可能性をはらんでいる。
これを読んで思った。今のシリコンバレーやサンフランシスコが抱える問題は、まさにこれではないかと。シリコンバレーでも第2の機械に仕事を任せるような状況にはなっていないものの、IT・テクノロジーに関わる企業やスタートアップの集積地であり、テクノロジー産業を中心に雇用やビジネスが動くシリコンバレーの経済は、第2機械時代の経済に近い。社会が第2機械時代に移り始めた時のような痛みが、どこよりも早くもあらわれても不思議ではない。
第2機械時代への移行をスムースに成功させるためのカギの1つとして、Brynjolfsson氏とMcAfee氏は教育改革の必要性を挙げる。第2の機械の膨大な処理能力と人間の知恵を組み合わせた新たなコラボレーションを生み出し、社会の大きな変化に自分の存在価値を見いだせる第2機械世代の育成である。でも、現実はそれほど単純ではない。テクノロジと共にあるアイディアを持った人材に富み、自由な気風のシリコンバレーですら、大きな変化に苛立つ人たちとの軋轢が深刻化の一途である。第2機械時代への移行を進めるシリコンバレーの英知が足下の問題の解決に手をこまねいていることに、我々がいずれ向かうであろう第2機械時代の課題の大きさがあらわれている。