「pCellテクノロジはワイヤレスの再発明だ」

Artemisの創業者スティーブ・パールマン氏が2月19日に、コロンビア大学でpCellテクノロジのデモを披露した。「ワイヤレスの再発明」とは、普通なら大言壮語と受け取られかねない。が、パールマン氏は過去にQuickTimeの開発に関わり、そしてWebTV、Moxi Digital、MOVA、OnLiveなどを創業し、成功に導いてきた。いずれもTVやゲーム、メディアを変える存在になっただけに、「今度も……」という期待が高まっている。

「ワイヤレスの再発明」に乗り出したスティーブ・パールマン氏

pCellは、パールマン氏が2011年に技術コンセプトを公開したDIDO (Distributed-Input-Distributed-Output)を商業化したものだ。何が画期的かというと、モバイルユーザーの増加によって生じる電波の帯域不足、通信速度の低下を解消する。

左が一般的な携帯ネットワーク、右がpCell。白い円がセルで、青い点が端末

セル方式の携帯ネットワークは、セル同士が重ならないように慎重に隣接させて基地局が配置されている。大小さまざまなセルの輪が隣り合わせになって広い地域をカバーしている。問題は、1つの携帯電話の基地局で処理できる周波数帯域が決まっているということ。1つの基地局を使うユーザーが少なければ快適だが、たくさんのユーザーの通信が1つの基地局に集中すると、そのセルのデータ通信速度の低下が発生してしまう。

それならセルを共有せずにパーソナル化しようというのがpCellだ。"p"は"personal"、パーソナルセルである。スマートフォンやタブレット、端末を小さなセルにする。セルが動くと干渉する恐れがあるが、パーソナルセルのサイズは1センチ程度。pCell化された端末を重ねてもセル同士は干渉しない。

屋外・屋内、一般的な建物にも設置できるpWave。複数のpWaveが被るように信号を送って作られるpCellエリアには電波が弱くなるデッドゾーンが存在しない

pWaveという無線機でデッドゾーンのないpCellエリアを作り、その中でパーソナルセルを管理する。大きな基地局(セル)を複数の端末で共有するのではなく、各端末がパーソナルセルを備えるから、それぞれが電波の帯域を存分に利用できる。コロンビア大学でのpCellデモでは、5MHzの周波数帯で8台のiPhoneでHD動画を滑らかにストリーミング再生し、10MHzの周波数帯で2つの4K UltraHD動画と2つの1080p HD動画をストリーミング再生して見せた。

pWaveは小型で消費電力も少なく、設置する場所を選ばないため、セルラーネットワークに比べて低コストで敷設・運用できる。また、pCellはLTEや3G、さらに認可されていないネットワークとも併用可能。pCellエリアの外ではLTEにハンドオフするというように使える。

左が理想的なセル方式だが、実際には真ん中のように大小さまざまなセルが隣接し合ってデッドゾーンもできている。右は実際のpCellエリア

セル方式(左)では1つの基地局にユーザーが集中した場合、通信速度の低下が起こる。pCell(右)の場合、1つのエリアに集中しても各端末が帯域を存分に利用できる

5Gネットワークへの移行が帯域不足の解消につながる可能性があるものの、移行は一朝一夕ではない。長い時間がかかる。そして帯域不足は、すでに我々が直面している問題なのだ。pCellは3G、4Gだけではなく、次世代のネットワークとも柔軟に共存できる。短時間・低コストでエリアを敷設できるpCellを併用することで、スムースに次世代ネットワークへと移行できる……というのがArteisの主張だ。

米連邦通信員会(FCC)のデータによると、2013年の基地局あたりのトラフィックは2009年から925%増。モバイルデータ需要の高まりで、昨年初めてユーザーあたりの帯域が不足した。すでにモバイルデータの快適さが損なわれる現実に我々は直面している

紹介ビデオの中に未来の革新のヒント

「なんだnetwork MIMOか」と思った方もいると思う。pCellのコンセプトはユニークなものではなく、今日の帯域不足の問題のソリューションとして上手くまとめているのがArtemisの功績と言える。でも、pCellの革新には、さらに続きがあるようなのだ。以下はパールマン氏がコロンビア大学で見せた最後のスライドに書かれていた文章だ。

  • pCellテクノロジはコミュニケーションに制限されるものではない。
  • 小さな電波のバブルをリアルタイムにソフトウエアで合成する技術は、新たなアプリケーションの波になり得る。
  • 本当に革新的な発表は"これから"。
  • 紹介ビデオでヒントを1つ見せている。

ヒントは見つかっただろうか。何度か見直したけど、はっきりとしたヒントを筆者は見つけられなかった。紹介ビデオを見て1つの可能性として思い浮かぶのが共鳴型ワイヤレス送電だ。1センチ程度のpCellになら、安全かつ高効率に給電できる可能性がある。それによって外では高速なデータ通信を利用でき、自宅やオフィスではケーブルを接続することなくワイヤレスで充電できるスマートフォンやタブレットが実現するかもしれない。

他にも、ワイヤレス送電で搭載バッテリーを小さくできれば、Amazonの「Prime Air」で話題になった配送用ドローンも飛行時間を延長できる……というように、想像だけなら可能性は電気自動車やドローン、電力グリッドにまで広がっていく。それが現実になるという期待を持てるから、パールマン氏のプロジェクトが人々の関心を引いているのだ。

Artemisは今年第4四半期にサンフランシスコでpCellのローンチを行い、来年第1四半期にセルラーネットワークへのハンドオフを含むフルサービスの提供を開始する予定。成功にはパートナー作りが肝要であり、そのタイミングで"本当に革新的な発表"という切り札を見せるのではないだろうか。