先週、木曜日と金曜日にサンフランシスコでEvernoteの開発者カンファレンスが開催された。3Mのポスト・イット、Moleskineのノート、Adonitのスタイラスペン、PFUのScanSnapなどのEvernoteエディション、iOS 7対応アプリ、Evernote Business 2.0およびEvernote for Salesforceなど、発表盛りだくさんの2日間だった。
その中にはabrAsusのひらくPCバッグや小さい財布、Cote & Cielのバックパック、水筒、くつ下などのEvernoteブランド製品まで含まれていた。正直、これには驚かされた。そうきたか……と思った。クラウドサービスを本業とするEvernoteが、同社のサービスと直接関係ない商品まで自社ブランドで取り扱うことに違和感を覚える人も多いと思う。しかし、商品を一つ一つ見ていくと、いずれも実にEvernoteらしい商品なのだ。
あらためて説明するまでもないと思うが、EvernoteはWebページ、テキスト、画像、PDFなどをクラウドに収集して、一括管理できるサービスを提供している。"もう一つの脳"と表現されることも多い。
Evernote Conference初日の一般向けサービス/製品の基調講演で、同社CEOのフィル・リービン氏は「Paperless isn’t the goal (ペーパレスが目的ではない)」と述べた。Evernoteは紙を不要にしようとしているのではない。むしろ生産性の高いツールとして紙も重んじている。デジタルサービスと紙がそれぞれのデメリットをうまく補い合えば、逆にそれぞれのメリットが活かされる。「競合」ではなく「協業」、その価値はMoleskineや3Mとの提携から生まれたEvernoteエディション製品が証明している。
Evernoteが排除しようとしているのは「ムダな紙の使い方」であり、リービン氏は「ペーパレスが目的ではない」の後に「素晴らしい体験こそがゴールである」と続けた。
Evernoteが手放せなくなっているユーザーは、この"体験"という言葉に深くうなずくと思う。ユーザーにしてみれば、クラウドサービスを使いたいのではない。色んなことに興味があり、色んなプロジェクトを抱えていて、知の欲求を満たし、そして生産性を向上させたいのだ。それをスマートに実行する方法をEvernoteは提供してくれている。
Appleの成功に学んでユーザー体験へのこだわりを表明する企業は、今や珍しくはない。しかし、「言うは易く行うは難し」だ。ユーザー体験だけに評価はユーザーに委ねられ、結果はユーザーの反応と数に現れる。その点、Evernoteがこだわりを遂行できている企業の1つであることは、7500万人を超えて増え続けているユーザーベースが証明している。
Evernoteブランド商品を販売する「Evernote Market」の説明動画の中で、abrAsusを手がける南和繁氏が「本当に自分が欲しいものを作る」「実際にサンプルを作り、使ってみて、作り直すのを20-30回は繰り返す」と述べている。
Evernoteエディションの商品はなんでもありというわけではない。むしろ、厳しく絞り込まれている。素晴らしいデザイン、機能とディテールへのこだわり、遊びごころなど共通点はいくつかあるが、パートナー各社をつないでいるものはユーザーセントリックな思想ではないかと思う。バックパックや財布などEvernoteのサービスに直接関係ない商品であっても、いずれもユーザーのための商品、何かしらの課題を解決する商品になっている。
2日目の基調講演でリービンは、現在のEvernoteの大きな取り組みの1つとして「A.I.」を挙げた。Artificial Intelligence(人工知能)ではない、Augmented Intelligence(知能増幅)の方である。情報技術の活用によって人の知能を増強するという考え方だ。人とコンピュータが相互依存することで、互いの力を補足し合い、ソリューションを引き出すための力が増強される。一例として、リービン氏はIBMのDeep Blueに敗れた後のガルリ・カスパロフ氏のコメントを紹介した。人対マシンが未来のチェスだとは思わない、人とマシンがチームになり、チーム同士がぶつかることでゲームの醍醐味を備えたままチェスは進化できるとした。
「人々をよりスマートにする製品や機能を作り出すのがEvernoteだ」とリービン氏。ただ情報を収集して管理するのではなく、知の欲求を満たし、生産性を高めるプロセスをユーザーが楽しめるサービスや製品を提供する。ユーザーの気持ちが全ての基盤であり、それがEvernoteが手がける技術、作る製品、Evernoteのロゴを付ける商品の指針になる。
「自転車通勤の際にヘルメットをスマートに持ち歩きけるバックパック」「紙幣と硬貨、複数のカードをコンパクトに持ち歩ける財布」…… どちらもEvernoteユーザーの生産性を増幅する手助けになる。Evernoteのロゴは、たとえそれがEvernoteのサービスに直接関係した製品でなくても、Evernoteが認めるユーザー体験を備えていることを示す。今はまだ、Evernoteブランドにそのようなイメージを抱く一般消費者は少ない。みどり色の象のロゴが入った商品を持ちたいというユーザーはいないだろう。だが、これらの商品が本当に便利で、生活の中で活用するユーザーが増えれば、次第にEvernoteのロゴに対する人々の印象が変わっていくことになる。