なにかに呪われたかのように突然、右腕が上がらなくなってしまった。友だちが三十肩で着替えもままならなくなった時はまるで他人事だったが、よもや自分の肩が動かなくなるとは……。身をもって体験して、初めてそのツラさがわかりました。

さて、Greenheart Gamesの「Game Dev Tycoon」というパソコン用ゲームをご存じだろうか。開発者2人の小さなゲームスタジオの初作品、しかも4月27日にリリースされたばかりなので、知らないという方がほとんどだと思う。筆者も最近まで知らなかったが、Greenheart Gamesは開発時から積極的に情報を提供し、Windows Storeでプレビュー版を提供するなどしていたため、発売を心待ちしていた人が少なからずいたようだ。

そのGreenheart GamesのPatrick Klug氏がブログを通じて、同社のオンラインストアで「Game Dev Tycoon」を発売して間もなく、フルバージョンを入手できるtorrentファイルを著名なTorrent共有サイトにアップロードしたと告白した。タイトルには「FULL VERSION OF GAME DEV TYCOON for WINDOWS - CRACKED AND WORKING!」(Windows用Game Dev Tycoonのフルバージョン - コピープロテクト解除、正常に動作!)と書いた。公開後、すぐにシードのアップロード速度が最大に達したという。

1年以上もかけてやっと発売にこぎつけた商品を、Klug氏らはなぜ自らの手で海賊版として流したのか?

海賊版ユーザーが海賊行為対策に苦闘

Game Dev Tycoonは、80年代にゲーム開発会社を起業するビジネスシミュレーションゲームだ。プレイヤーはゲーム内で新技術をリサーチし、開発チームを育てながら、新タイプのゲームに挑み、ユーザーを集めて市場を奪う。ゲームの歴史にも触れられるゲームである。

公式海賊版はフルバージョンであっても、正規版と全く同じではない。ゲーム会社が成長し始めたら、販売レポートに「ボス、当社の新ゲームをプレイしている多くのプレイヤーは、正規版を購入せずに海賊版をダウンロードしているようです。このまま購入してもらえなければ、当社は倒産してしまいます」と表示されるようになる。そして新たなゲームを開発しても、コピープロテクトが解除される可能性が高まり、次第に開発資金が減少していく。公式海賊版は、海賊版をダウンロードする人たちにゲーム開発者の苦悩を身をもって体験してもらうための派生版なのだ。

海賊行為に悩まされるという点では、むしろこちらの方がリアルな「Game Dev Tycoon」の公式海賊版

なりすまし海賊版をダウンロード入手した人たちは、正規版そのままのフルバージョンと思ってプレーしていた。だから、やがてゲームwikiなどに「これ以上、先に進めない...助けて!」というように、海賊行為を抑制するための情報交換を求める投稿が現れ始めた。「500万人ぐらいのファンを獲得したぐらいで、突然ユーザーが略奪し始めた。良いレーティングを獲得してもダメ。フェアじゃない」「どうしたら(海賊行為を)避けられる。何か、例えばDRM(デジタル著作権管理)技術のリサーチはできるのか」等々。

こうしたコメントを読んだKlug氏は「なんという皮肉!!! ゲーマーとして大笑いした」と書いている。しかし、これは公式海賊版の中だけの出来事ではない。ゲーム開発者として「泣きたくなるような現実」でもある。

Game Dev Tycoonは7.99ドルと、ランチ1回分程度の値段だ。体験版も用意している。それでも発売後1日のセールス統計は正規版が214ユーザー、公式海賊版は93.6%に相当する3104ユーザーだった。Klug氏らの予想よりも早く海賊版の情報は広まり、予想よりも多くの人たちが購入する前に海賊版を探してみるようだ。

7.99ドルを支払ったユーザーはわずか6.4%というキビしい結果に

Klug氏は「純粋なユーザーに不便を強いる」という理由でDRMには否定的な立場だ。しかしながら、公式海賊版の実験はDRMフリーで提供し続けたい同氏にとって厳しい結果になった。

ゲームベンダーが海賊行為の影響を避けたければ「身を守る唯一の方法はオンラインゲームを作ることだ。だから、多くのスタジオがオンラインゲームに専念し、昔からのシングルプレイヤーゲームがなくなろうとしているのだと思う」としている。だが、Klug氏は個人的にシングルプレイヤーゲームのファンなのだ。DRMが強化され、常時ネット接続が当たり前になり、シングルプレイヤーゲームが消えようとしている近年のトレンドを嫌うなら「DRMフリーのゲームを購入しよう」と呼びかけている。

Game Dev Tycoonの実験はマクドナルド理論になれるか

先週Jon Bell氏の「McDonald’s Theory」(マクドナルド理論)というのがネットでちょっとした話題になった。同僚とランチに行く場所を決める際に、良い意見が出てこない雰囲気だったら、まず「マクドナルドにしよう」と勧めてみる。すると、即座に却下されて、そこから良い提案がどんどん出てくる。

最初からすばらしいアイディアを出さなければならない雰囲気だと、誰も高いハードルに挑戦せず、より良い結果に結びつかない。意見が出てこない雰囲気を最初にひどいアイディアで壊してしまえば、そこからクリエイティブな議論が広がる。Break the iceである。

Game Dev Tycoonの公式海賊版に対しては売名行為と批判する声もある。だが、そうした逆風も覚悟の上で公式海賊版を放流したのは、バカにされるのを覚悟で「マクドナルドにしよう」と言ってみるような行為だったとも言える。海賊行為の影響でこのままシングルプレイヤーゲームが楽しめなくなるのを好ましく思うゲーマー (およびゲーム開発者)はいないだろう。ゲームをより良いものにするには業界まかせにせず、ゲーマー個々が考えてみることがもっとも効果的なのだ。優れたゲームを作るゲーム開発者が立ちゆかなくなる最悪のケースを具体的にイメージさせ、議論を促す効果はあったと思う。

そうはいっても、ユーザーにとって便利なDRMフリーの前途は厳しい。現実的なソリューションになり得るのか。その点から、次回は別の事例を紹介する。