Appleが毎年初夏に米サンフランシスコで開催する開発者カンファレンス「Worldwide Developers Conference (WWDC)」。今年の参加チケットがわずか2分で完売した。
Appleは2000年代半ばから同じ会場 (Moscone West)を使っており、2008年からこれまでの完売までの時間の推移は以下の通りだ。
- 2008年 : 2カ月
- 2009年 : 1カ月
- 2010年 : 8日間
- 2011年 : 10時間
- 2012年 : 2時間
- 2013年 : 2分
ずっと以前、上半期のAppleの製品発表の場と言えば、1月に開催されていたMacworld Expoのキーノートだった。開発者カンファレンスであるWWDCの一般的な注目度は低く、開発者であってもAppleから参加の催促の連絡が来て登録をほったらかしにしていたのを思い出す……そんなのんびりとしたカンファレンスだったのだ。
昨年の2時間から今年は2分に大幅な短縮となったが、昨年と今年では事情が異なる。昨年のWWDC 2012は日程の発表と同時にチケットが発売され、すぐに気づけなかった人が多かった。日本など、深夜だったからなおさらだ。それでは不公平ということで、今年は日程発表の翌日、ほぼ24時間後のチケット発売になったのだ。
すべての開発者が1日準備した上で申し込める。昨年よりも公平な販売方法である。ところが、それゆえに新たに深刻な問題が持ち上がった。チケット発売の情報が行き渡ったことで、まさかの2分完売である。WWDC参加希望者とWWDCのキャパシティ(約5000人)のアンバランスさが浮き彫りになった。誰のためのWWDCなのか。数時間、せめて数十分でも余裕があれば、本当にWWDCに参加したい開発者はチケットを手に入れられる。しかし2分では、事前にスケジュールを調整し、クレジットカードを用意して、発売と同時に申し込んだとしても登録を完了できるとは限らない。
起業家・アプリ開発者のMarco Arment氏は「長年親しんできたコア・コミュニティがばらばらになってしまった」と指摘する。不公平と言われた昨年の販売方法でも、長年WWDCに参加したOS X/iOSの開発者たちはコミュニティのつながりの力と、自身の熱心さでほとんどがWWDCチケットを入手できた。
ところが公平になった今年は"熱心さ"がチケット入手の力にはならず、コミュニティで一目置かれているベテラン開発者であっても申し込みの条件は最近Appleプラットフォームに参入した開発者と同じ。結果、登録できたのは数人で、多くは購入できなかった。Arment氏は個人的にWWDCが友だちと再会する場でなくなったことを惜しんでいるが、これまでOS XやiOSプラットフォームのエコシステムの核となってきた人たちを欠いてWWDCが開催されるのも気になるところだ。
WWDCはすでに限界という指摘も……
開発者の間からは、iOSとOS Xのカンファレンスの分割開催、参加チケットの値上げ (WWDC 2013は1599ドル)、会場の拡大(Mosocone CenterにはWestのほか、NorthとSouthがある)というような案が出ている。
しかし、今やiCloudをハブにiOSとOS Xは一つのプラットフォームのようになっているし、対応するAppleのリソースにも限りがある。単純に参加人数を増やして解決する問題ではない。開発者としての実績やソフトウエアの売上げなどを基に一部の開発者を優先するべき、または"なんちゃって開発者"を排除すべきという声もあるが、それでは若い開発者や新たにAppleプラットフォームに参入してくる開発者のチャンスを狭める可能性がある。
Ars Technicaなどに寄稿しているJohn Siracusa氏は「2分とかからずに完売してしまうなら、参加したいという強い思いが報われない」と、以前は反対していた抽選方式 (まず希望者を募り、その中からランダムに抽選)の方が「まだ報われる」とした。Red Sweater SoftwareのDaniel Jalkut氏は、5000人の開発者に4日間で対応するよりも、1年365日いつでも300,000人以上の開発者全体をサポートできる新たな体制に移行すべきとして「WWDCを終わらせる頃合いだ」と断言する。
Appleは26日に、今年はWWDC開催期間中にセッションビデオをポストすると発表した。また秋には各地でTech Talksを開催するという。ビデオに関してはオンラインコンテンツの拡充を求める声が根強くあった。ただ、これまでも同社はWWDC終了後しばらくしてから、開発者登録している人にセッションを録画したビデオを提供してきた。それでも今年は"2分"なのだから、セッションビデオ公開を早めても来年以降のチケット需要を引き下げる効果は限定的ではないだろうか。
WWDCが開発者を引きつけているのは、WWDCがAppleのエンジニアやスタッフと直接コミュニケーションできる貴重な場であるからだ。開発者はコンテンツ以上に、Appleとのコミュニケーションを求めている。それは今も昔も変わらないが、ポストPC時代のスピード、開発者人口の増加、ビジネスチャンスの拡大に、PC時代からそれほど変わっていないWWDCがフィットしなくなっている。
だから、Appleのエコシステムが衰退すると言いたいのではない。今年の"2分"という完売までの時間は、Appleのエコシステムに対する開発者の関心や期待の圧倒的な高さと、従来のWWDCの限界を示す。Tech TalksはWWDCを補足する有効な試みになると思う。しかし、Appleが今でも革新的な企業であるならば、Apple StoreやApp Storeなどでエンドユーザーとのつながりを深めたような仕組みを開発者に対しても用意すると期待したい。
以前Appleは基調講演において直営店の効果を説明する際に、直営店の来店者数を「Macworldでは××回分の来場者」と表現していた。当時AppleがMacworld Expoから撤退するなんて誰も想像しなかったが、今や誰もが直営店の価値を認めている。