Webで眼鏡を販売する「Warby Parker」がニューヨークのソーホーに直営店をオープンさせた。
同社は店舗を持たないオンラインストアのメリットを活かし、厳選したデザインの眼鏡 (度付き)を95ドル (約9300円)で販売。ブランドもののような眼鏡をディスカウントストア価格で購入できると評判になって急成長した。オンラインストアだから直に商品に触れられないが、デザインと顔型のマッチング、装着した人の画像やアニメーション、バーチャル装着、自宅での試着プログラム、瞳距離の測定ツールなどあの手この手でそのデメリットの解消に努めてきた。それが認められて、Google GlassプロジェクトでGoogleのパートナーの1つに選ばれた模様だ。それでも「ライフスタイルブランドをオンラインで確立するのは難しい」と、マンハッタン直営店の提供にふみ切った。
Warby Parkerの直営店提供はオンラインコマースの世界でちょっとした事件であり、WiredのMarcus Wohlsen氏は同社を例に商品展示とブランドアピールの効果を説き、いずれAmazonが実店舗を持つ可能性を指摘している。そして、もしAmazon直営店が実現するなら、それはService Merchandiseのようになるのではないかと予想している。
Service Merchandiseはカタログ販売業者で、その商品を実際に手に取れる展示場も展開していた。年末商戦前などに送られてくる電話帳のような分厚いカタログで商品を物色、あれこれと想像し、週末に展示場で実際に触れてみる。子供の時に体験したそのプロセスが、これまでで最高の買い物体験だったと回想している。
Amazonが実店舗を持つのではないかという予想は、ここ数年絶え間なく指摘されてきた。Service Merchandiseというのは米国人にとって、とても想像しやすい例えだと思う。だからこそ、筆者などは逆にAmazonが展示場を提供しないと考えてしまう。Service Merchandiseはショッピングモールやアウトレット、商品を箱積みするディスカウントストアとの競争に敗れて、2002年に一度68年におよぶ歴史を閉じているのだ (ビジネス名とロゴが売却されて、2004年にオンラインストアとして復活)。ショッピングモールでは、買い物以外にもいろいろなことを楽しめる。ディスカウントストアが登場したら、品揃えよりも価格が魅力になった。なぜService Merchandiseがつぶれたのか。わざわざ展示場に足を運ばなくなった理由を憶えている人は多い。
Amazonに商品展示場は必要か?
AmazonがSEC (証券取引委員会)に提出した書類から、CEOのJeff Bezos氏が株主に送った2012年の書簡の内容が明らかになった。
「この書簡を毎年読んでいる方はご存じかと思いますが、Amazonはライバルとの競争よりも、お客様に喜ばれることにエネルギーを注ぐ企業です」から始まる。短期的な利益を追求したり、時々のウオールストリートの反応に左右されることなく、長期的に市場のリーダーとなるための戦略への投資を続けるとし、Primeサービス、オンデマンドサービス、AutoRipといった消費者向けサービスからAmazon Web Servicesまで、2012年に同社が新たに投入した製品や改善したサービスの細かな例を挙げた。
同氏は「短期的な市場は投票機のようなものだが、長期的には計量器だ」という。1つの製品やサービスが消費者に受け入れられず、株価が下がったとしても、その時に1票を得られなかっただけだ。それよりも長期的に成長し、大きくなることを重視する。
同社の戦略として新味のある内容ではないが、今こんな書簡を投資家に送ったということに驚かされる。Amazonは2012年度の第3四半期に4年ぶりの損失を計上し、通年でも赤字に転落したのだ。それでも利益にうるさい投資家に対して「顧客の価値の向上」と「今の利益よりも未来への投資」をアピールできるのは、1票の獲得にこだわらなかった同社の信念が十分に投資家にも浸透していることを意味する。
書簡を読むと、スピードこそAmazonの強みだと思わされる。ウチの近所にある大手チェーンスーパーが2年ほど前にセルフチェックアウトレジを導入した。買い物客が自分で商品のバーコードをレジに読み込ませてクレジットカードで支払う。バーコードスキャナー導入以来の改革とアピールしていたが、導入後しばらくしてからクーポンの読み取り口に「使えません」と書かれた紙が張られた。柔軟に拡張できるようなシステムになっていなかったのだろう。クーポンを使いたい買い物客は結局、普通のレジに並ぶ。せっかくの改革もこれでは台無しだ。
一方、Amazonのサービスはどんどん変わっている。例えば、数年前に加入にしたPrimeサービスは、最初は2日以内の配達が無料になるサービスでしかなかったが、それからオンデマンドの映画・TV配信が加わり、電子書籍のレンタルも可能になった。それでいてメンバーシップ料金は変わらない。Primeでできることが増えると共に、ストリーミングで映画やTV番組を観るようになり、好んで電子書籍で本を読むようになった。スーパーでの買い物体験がこの10年で全く変わらないのに対して、Amazonは筆者のライフスタイルを変え続けている。
全米に倉庫・発送施設を展開したら、Amazonが既存のサービスを今後もスピーディに進化させていくための基盤になる。だが、展示場はどうだろう。かつてService Merchandiseは強大ではなく、肥大して動きの鈍いビジネスになった。Bezos氏が「長期的に(市場)は計量器だ」と表現する成長とは異なる。
Facebookが自らFacebook携帯を開発したりせず、ソフトウエアベースのFacebook Homeを選択したのは、常に進化するモバイル体験をより多くの人に提供できるからだ。同様に、活用できるユーザーが限られる上、サービスのスケーリングや改革のペースを鈍らせそうなService Merchandise型の展示場をAmazonが提供するとは考えにくい。
Bezos氏は書簡の中で「われわれは好調な時、ライバルが追い上げてくるまで待ったりはしません。やらなければならなくなる前に新たな価値や機能を追加するなど、内部でサービスの向上に努めます。必要になる前に、顧客のために価格を引き下げ、価値を引き上げます。必要になる前に考案 (invent)するのです」と述べている。この言葉に展示場はフィットするだろうか。
ウチの近所のスーパーはオンラインで受けた注文を配達してくれるようになったが、ウチではまだ使ったことがない。配達している車を見ることも少ない。それよりも、早くセルフチェックアウトをまともに動作させて、まずはピーク時のレジの行列を解消して欲しいと思うのだ。