「製品サイクルという点から見て、今Appleは大きな移行に取り組んでいる」「これまでAppleは製品を1年に1回のペースで発表してきたが、1年に2回のペースで発表しようとしている。それに伴うサプライ・チェーン管理の困難さは計り知れないが、Appleは非常にうまく対応しているようだ。こうしたAppleの巧みな企業運営、年2回の製品発表サイクルを実現した時の価値は過小評価されていると、私は思う」
元Apple Computer CEOのジョン・スカリー氏が、CNBCにおいてApple株の動きに関してコメントしたものだ。タブレット市場における競争激化(とAppleのシェア下落)や、特別配当への期待が損なわれたことなどで先週Apple株が急落した。ジョブズ時代のように革新的な製品を新たに生み出せなければ、このままじり貧に陥るという警戒感を投資家が抱き始めている。そうした状況に対してスカリー氏は、ジョブズ時代のAppleのイメージにとらわれ過ぎると、クック時代のAppleの本質を見誤ると指摘する。
スカリー氏がCEOだったのは1985年から1993年のことであり、ジョブズ氏を追い出し、Appleを低迷期に導いた張本人である。元CEOといっても、同氏を今のAppleを語る論客と見なす人は少ない。しかし今回は、AsymcoのHorace Dediu氏が"製品の半年サイクル"に関して「物議を醸す内容だが、私もポッドキャストのCritical Pathで、その可能性に触れたたことがある」と述べたことで議論の輪が広がっている。
Appleが製品サイクルの短縮に挑んでいる可能性を示すポイントとして、Dediu氏が挙げたのは以下の6つだ。
主要な製品(iPhone、iPad、MacBook、iMac)を今年秋にアップデートした。1年1回ペースでは来年前半に、主要製品に大きな空白ができる。
世界の主要な通信キャリアがiPhoneを取り扱うようになり、しかもグローバル規模の発売を短期間で完了できる体制が整いつつある。
年に一度の新製品を消費者が予測するようになり、半年は爆発的に売れて、半年は新製品待ちの買い控えが起こる偏りが生じている。
鴻海が出稼ぎ労働者に頼る体制から脱却し、地元の労働者を雇用できる場所に製造施設を開設。労働者の定着とスキルの向上で、安定した製造を確保しようとしている。
設備投資の増加。Samsungへの依存を軽減するための動きである可能性もあるが、より短い製品サイクルを実現するための布石とも推測できる。
iPhone 5S (仮称)試作の噂。事実なら今度のSはSpring (春)発表をターゲットにしている可能性。
ジョブズ時代のAppleを飲み込むクック時代のApple
今年Appleは春に発表した第3世代のiPadを秋には第4世代にアップデートし、同時にiPad miniも投入した。だが、半年の製品発表サイクルの例はiPadだけである。それもiPad miniを発表した今年が特別だったのかもしれない。iPhoneやiPadのように毎月大量に製造される製品は予測を誤ると、在庫や品不足、部品余剰に悩まされることになる。製品サイクルが短くなれば、そのリスクは高まる。
「twice-a-year product introduction cycle (年2回の製品発表サイクル)」というスカリー氏の表現から、「来年は春、そして年末にもiPhoneの新製品が登場するかもしれない」というような期待も膨らんでいるようだが、個人的にはすべての主要な製品が"半年サイクル"で登場するという見方には懐疑的だ。Appleが短い製品サイクルが可能な体制にシフトしようとしているのは否定しないが、その狙いは柔軟性を得ることだと思う。
少々乱暴な喩えになるが、今のAppleの状況は1920年代のフォードとGMの関係に似ている。
革新的なT型で成功したフォードは、T型を大量生産して一般消費者向けの自動車市場を開拓し、市場リーダーとして君臨した。ところが、20年代に入ると単一モデルの大量生産という手法では、成熟期に入り始めた自動車市場に対応しきれなかった。
そこで成長したのが、市場の状況変化に柔軟に対応できる洗練された大量生産システムを整えたGMだった。しかも同社は1年ごとにモデルチェンジするマーケティング手法を展開し、買い替え需要を引き出して新車が売れ続ける仕組みも作り出した。じり貧状態に陥ったフォードは1927年にT型の生産を終了させ、市場のニーズに応じたA型の投入に踏み出したが、新製品を投入するだけで解決するような問題ではなかった。フォードは生産体制の転換のために、およそ半年も工場を停止させたのだ。
革新的な製品で新市場を切り開いたジョブズ氏のAppleは、T型時代のフォードのようである。しかし市場が成熟期に入れば、GMのように市場変化に適応し、競争戦略に長けた企業が台頭する。寡占という点で自動車とモバイルプラットフォームは同じなのだ。
ただ面白いことに今日のモバイルプラットフォーム市場では、GMのように開拓者が築いた市場を再定義するライバルが現れていない。「a car for every purse and purpose (すべての財布と目的にあった車)」という製品戦略を打ち出したGMのアルフレッド・スローン氏のような存在が、タイミングよくAppleのCEO職を引き継ぎ、Apple自身がGMのような企業へと進化している。
組織の分権制度、合理的な製品ラインナップ、個々の製品だけではなく全体でもライバルと競争する製品戦略、価格以外の競争への注力など、調べるほどにクック体制のAppleは1920年代のGMに重なる。フォードはA型への移行のために半年も工場を閉めたが、クック氏は移行を意識させることなく、見事にクック色を発揮している。同氏の舵取りをスカリー氏が称える所以である。
リーマンショック後にGMが破綻した際に、GM再建を担うCEO探しにおいて、当時AppleのCOOだったクック氏が有力候補に挙げられた。当時は奇抜な人選に映ったが、今にして思えば適任だった。
半年サイクルに話を戻すと、これからAppleは、巧みなサプライチェーン管理、戦略的な設備投資、柔軟な大量生産システムと在庫管理などを武器に、競合との競争を優位に進めようとするはずだ。夏の商戦、年末商戦などに合わせて、市場の変化をとらえた製品をきっちりとそろえてくる。場合によっては、今年のiPadのように、半年で世代代わりする製品も現れるだろう。大量の製品はすばやく、タイミングよくグローバル規模の消費者に提供する。口で言うのは簡単だが、これを機能的に実行するのは非常に難しい。
ジョブズ時代のようなスタートアップ精神にあふれた企業ではなくなるかもしれないが、モバイルプラットフォームが寡占市場であるからこそ、ライバル企業にとってはジョブズ氏のApple以上に、クック氏のAppleはやっかいな存在である。