30日間で50万ドルを集めるソーシャル資金調達に挑戦していたApp.netが、38時間を残して目標額に到達した。「ユーザーと開発者のためのソーシャル・インフラ」を標榜する同社は、まだサービスの片鱗しか示せていない。それでも資金調達に成功したのは、この1ヵ月ほどの間に開発者のTwitter離れが進んだのが追い風になったと見られている。

Twitterへの逆風が強まったのは、6月29日にTwitterのMichael Sippey氏(製品担当バイスプレジデント)が行ったブログ書き込みがきっかけである。昨年"一貫性のある利用体験"という目標を打ち出してサードパーティに対する制限を強め始めた同社は、今後Twitter Cardsを重視する姿勢を示し、「Twitter APIの使用法について、よりシビアなガイドラインを発表する」と述べた。

実際それからLinkedInやInstagramとのAPI連携に制限が加えられ、混乱の中で開発者の間にアンチTwitterの動きが広まっていた。8月1日にFlipboardのCEO、Mike McCue氏がTwitterの取締役から退任した。今年5月にAllThingsDが、TwitterとFlipboardの関係がパートナーからライバルに転じようとしており、それが原因でMcCue氏がTwitter取締役から退くだろうと報じていた。Flipboardは、フィードされてくる情報を雑誌のページのように表示する。元となる情報にはツイートも含まれ、Flipboardはツイートの新しい楽しみ方を提案し、Twitterのユーザーコミュニティの成長に貢献してきた。だがメディア企業に脱皮しようとするTwitterは、自身のサービスの中でFlipboardのような機能も備えようとしている。

さてApp.netに話を戻すと、同サービスは「もしTwitterがメディア会社へと舵を切らずに、APIを通じてソーシャルインフラを提供する会社であり続けたら……」という発想から生まれた。広告をビジネスモデルとすれば、広告主のためのサービスになってしまう。App.netは開発者が自由に対応サービスや対応クライアントを作成でき、そこから誕生した斬新なサービスや製品をユーザーが自由に使えるソーシャルインフラを目指す。ユーザーと開発者を最優先し、App.net社員はすべての時間をユーザーと開発者コミュニティのための改善に費やす。その代わりにApp.netは有料になる。

ソーシャル資金調達プロジェクトでは、50ドル/100ドル/1000ドルのいずれかで出資できる。50ドルはユーザーメンバーシップで1年間のサービス使用料の前払いになり、今なら希望のユーザーネームを取得しやすい。100ドルと1000ドルには開発者向けのツールへのアクセスなどが含まれる。

資金調達プロジェクトが始まった当初、1年間で50ドルという料金に「高すぎる」という声が上がった。しかし、これはApp.netを率いるDalton Caldwell氏の意図である。今年3月にY CombinatorのPaul Graham氏が「Want to start a startup?」という論文の中で、スタートアップが新しく検索エンジンで勝負するなら、可能な限り自由にハッキングできるようにすべきと説いている。規模は10000人程度で十分、それが10000人のトップ・ハッカーなら、そのサービスは成功するとした。Caldwell氏は、これを実践しているのだ。一般向け(mass)のサービスではなく、まずはハッカー層(hacker mass)のためにApp.netを構築する。50万ドルの目標調達額を50ドルで割ると10000人になる。つまりApp.netは、50ドル以上を支払ってもApp.netの考えに賛同して参加を希望する10000人の"シリアスな人たち"を求めているのだ。

大衆化するTwitterからアーリーアダプターが脱出

App.netの顛末がどのようになるかを見届けたくて、筆者も50ドルのメンバーシップを購入した。App.netはまだコミュニケーションのためのサービスではなく、その中はソーシャル・インフラに関心を持つ人たちばかりの独特の雰囲気である。

CyborgologyでWhitney Erin Boesel氏が年間50ドルを課金するApp.netについて「FacebookやTwitterからの"White Flight"(白人の脱出) の始まりか?」としている。都市の中心部に非白人が流れ込んでくると、治安の悪化や人種間の対立などが起こり、上流・中流階級の白人は次第に郊外へ移っていく。White Flightは都市における人の流れを示す人口統計の用語だ。今のTwitterには、K-Mart(米国の大衆向けディスカウントショップ)の広告が流れてくる。世の中の変化に鋭いアーリーアダプターはそれを見て「OMG、K-Martの買い物客や有色人種がTwitterに流れ込んできている。もう終わりだ」と感じているという。かつてMySpaceが大衆化してアーリーアダプター層がFacebookに移っていったように、今度はメディアサービス化するTwitterやFacebookからアーリーアダプターが離れようとしている。年間50ドルのApp.netが注目されるのは、そうした動きの現れだという。

App.netの資金調達は最初から好調だったのではなく、終了の5日前の時点で目標の45%にしか届いていなかった。だが8月8日にApp.netのWebインタフェースのアルファ版が登場し、ベイパーウェア(構想や概要ばかりで完成の見通しが立たないソフトウエア)ではないことが証明され、それから資金調達に勢いがついた。App.netが"画に描いた餅"ではないのかと疑っていただけで、無料サービスの質や制限に辟易としている人は実際に多いようだ。

App.netアルファ版のグローバル・フィード

しかし実際に使ってみて、App.netがアンチTwitterに転じたアーリーアダプターの受け皿になり得るという感触は得られていない。今は試せるだけで十分でも、いずれ役立つサービスとして機能するようにならなければ、最初の10000人も不満を覚えるようになるだろう。これから、コミュニティの質を維持しながら、ある程度は規模を広げ、サービスを運営するコストをまかなえるビジネスモデルを確立しなければならない。年間50ドルでのスタートはなんとか上手く行ったものの、今後も質・規模・コストの全てをバランス良く満たせる保証はなく、ひたすらシンプルにスケール効果を活かせばよいフリー・モデルやフリーミアム・モデルのような見通しの良さはない。

それでもApp.netが資金調達に成功したのは愚直に"excessively hackerish"としているからで、そこに共感した10000人の"シリアスなメンバー"が集まった。Paul Graham氏が示したスタートアップ成功の条件を揃えたApp.netが、今後どのようにソーシャルサービスを切り開いていくのか見物である。