2011年にインターネット接続人口が23億人に到達したそうだ。インターネットは世界中の全ての人が利用できるツールになろうとしている。そんなインターネットの浸透について、先月末に切り口が全く異なる2つのレポートが公開された。1つはKPCBのパートナーであるMary Meeker氏の「インターネット・トレンド2012」。もう1つはNew York Times紙に掲載された「Wasting Time Is New Divide in Digital Era (時間の浪費はデジタル時代の新しいデバイド)」である。前者は携帯向けサービスが好調な日本を例に、米国でもモバイル周辺に大きな市場を構築できる可能性を説き、後者は大きな可能性のダークサイドに焦点を当てている。
インターネット・トレンド2012によると、中国やインドに比べて、今の米国は元気がない。インターネット・ユーザー数で2位だが、浸透率が79%に達し、08年から11年のインターネット・ユーザーの増加数は8位である。この伸びの鈍化に景気低迷も重なって、閉塞感が漂う。上場後のFacebook株が消沈したのも意外なことではなかった。
一方でモバイル市場だけは活気があふれている。2009年末時点でWebトラフィックのわずか1%だったモバイルインターネットが、昨年10%に到達した。この波に乗ってAppleは絶好調であり、爆発的なヒット製品になったiPhone、さらにそれを上回る勢いでiPadがタブレット市場を開拓している。加えて、Androidの過去13四半期の成長はiPhoneの4倍のペースである。
ただし、インターネット利用に関して言えば、モバイルはユーザーの急伸が売上げに結びついていない。例えば、ソーシャルゲームのZyngaはデスクトップ・ユーザーからのARPU(ユーザー1人あたり平均売上)が25ドルだが、モバイルデバイスからのARPUは5ドルにとどまる。こうした傾向は広告でも同様だという。
では、モバイルがビジネスにならないかというと「そんなことはない」とMeeker氏は断言する。GREEのモバイルARPUが過去1年間で2倍以上に増加したのを例に「モバイルARPUは急成長し得る」とし、またサイバーエージェントのアメーバの高いモバイルARPU(418ドル)を例に「モバイルARPUはデスクトップを上回る」としている。恐れずに、未体験の大きな波に挑戦する勇気が必要だという。
手軽で便利なネットに"中毒"の落とし穴
日本を光明とするMeeker氏のレポートに触れて、なんだかおもはゆい気持ちになる日本人は私だけではないだろう。つい最近コンプガチャ騒動が起こったばかりだ。大きな変化はリスクを伴うし、大きな可能性もきちんと形にしなければ、トラブルに転じてしまう。そんなネット世代が直面する新たな問題のひとつを指摘したのが「Wasting Time Is New Divide in Digital Era」である。
この記事の「新しいデバイド(格差)」に対する以前のデバイドとは、所得が低い層にインターネットが浸透せず、インターネット活用に格差が見られる「デジタルデバイド」を指す。クリントン政権が解消に乗り出したことで一般的になった言葉だ。記事の中で著者のMatt Richtel氏は、近年デジタルデバイスがほぼ解消されたことで、新たなデバイドが生じていると指摘する。
「裕福な家庭の子供だちに比べて、所得の低い家庭の子供たちがかなり時間を (デジタルコンテンツやゲーム、ソーシャルネットワーキングなどに)費やしていることが研究・調査で明らかになった」
サポートデータの1つに用いているKaiser Family Foundationのレポート(2010年)によると、大学を卒業していない人たちの子供は1日11.5時間もメディアに触れており、これは1999年から4時間40分も長くなった。大卒以上の親を持つ家庭の子供に比べると約90分長いそうだ。ちなみに大卒以上の親を持つ家庭の子供たちの1999年からの伸びは3.5時間だった。
Richtel氏の取材を受けた12歳の男の子は、裕福な家庭ではないが、ノートPC、Xbox、Wii、自分の携帯電話を持ち、週末はいつも朝までそれらに触れているという。月曜日は疲れきった顔で登校する。デジタルガジェットを使いこなせても、学校の成績GPA(平均グレードポイント、全てA評価なら4.00)は、なんとか1.00に達する程度。F(不可)も多いようだ。
デジタルデバイスを親が理解していなかったり、自分で使いこなせなければ、子供の使い方を正すことはできない。大卒ではないが、それぞれが病院と書店で働いているカップルは「使い方を導かずに、ただコンピュータを買い与えるだけでは、子供は使い方を誤るだろう」と述べている。記事は新しいデバイドを「time-wasting gap (時間浪費のギャップ)」としているが、米国でもモバイル向けサービスが成長し、Webサービスがさらに充実すれば、時間だけではなく、こづかい浪費のギャップも生じるだろう。また、これを子供だけの問題と捉えるのは、あまりにも楽観的すぎる。中毒性がからむだけに、やっかいな問題になり得る。
さて、現在米ロサンゼルスで北米最大のゲームイベントE3が開催されている。開幕直前の4日に任天堂がNintendo Directで、Wii Uのコントローラやソーシャル機能を説明する動画を公開した。その中で岩田聡社長は、同じ部屋に家族が揃っていても、それぞれが自分のデバイスに目を落としている写真を示した。今や珍しくない光景である、しかしこれでは一緒にいながら離れているも同然だ。
Wii Uで同社は、スマートフォンやタブレット、携帯ゲーム機など便利なデバイスの普及によって分断され始めた人間関係の再構築を試みるという。動画の中で岩田氏は「複数の問題を一度に解決できるのが真のアイディアと呼べるものだ」という宮本茂氏の言葉を紹介した。Wii Uに対してはこれまで、あまり革新性を感じられずにいたが、New York Timesの記事を読んだ後でこの動画を見て、Wii Uを体験してみたくなってきた。
ちなみにインターネット・トレンド2012をまとめたMeeker氏は、米国が再浮上するためのアドバイスとして、デジタル化やモバイルへのシフトで全てが変わることを恐れず、変化に伴う問題を共有し、仕事の創出や教育の向上、革新の実現に勤しむように勧めている。レポートでは新しいデバイドのような問題点には言及していないが、ベンチャーキャピタルであるKPCBもまた、便利なネット時代のダークサイドを意識しているのだろう。