今週は、いま米国で話題の起業家……といっても、Facebookによる買収に合意したInstagramの創業者のケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーではない。段ボール箱で作ったゲームセンター「Caine's Arcade (ケインのゲームセンター)」を運営する9歳の男の子ケイン・モンロイ (Caine Monroy)くんの話だ。
まずはVimeoやYouTube、Facebookなどで公開されている動画「Caine's Arcade」を観て欲しい。
ケインは昨年の夏休みを、イーストロサンゼルスにある父親の自動車パーツのショップで過ごした。ショップといっても、オークションサイトeBayからの注文が多く、半ば倉庫のようである。そこでケインは自動車パーツが入っていた段ボール箱を使って、まずバスケットボールのゲーム台を作り、景品を用意し、店構えを整え、さらに違う種類のゲームも増やしていった。ゲームの料金は1ドルで4回。しかし、2ドルのファン・パスを購入すると1カ月で500回遊べる。
しばらくCaine's Arcadeで遊ぶ人は現れなかったが、ある日パーツショップにハンドルを受け取りに来た男性がCaine's Arcadeに気づいてファン・パスを購入した。秘書からその話を聞いても信じられなかったケインの父親がセキュリティカメラを確認すると、たしかにファンパスを使って遊んでいる。その男性がCaine's Arcadeを撮った映像作家のニルバン・ムリックだ。
Caine's Arcadeのユニークさに感動したムリックは、後日あらためてケインの父親にCaine's Arcadeの短編ドキュメンタリーを作りたいと申し出た。父親は承諾したものの、イーストロサンゼルスは安全な地域ではない。ケインのゲームセンターが客を集めるのは難しいから、面白い作品にはならないと思った。ところが、ムリックがCaine's ArcadeのFacebookページを用意し、Facebookイベントを告知すると、じわじわとCaine's Arcadeの話題がネットを広がっていった。hidden los angelesで紹介されて一気に加速が付き、ついにテレビで取り上げられ、そしてイベント当日Caine's Arcadeには……という内容だ。
ムリックに短編ドキュメンタリーを作らせ、たくさんの人がイベントに集まり、YouTubeでCaine's Arcadeが200万回以上も再生されているのは、ケインの想像力と行動力、小さなビジネスマンぶりに誰もが驚かされるからだ。ケインはものごとの仕組みを知るのが好きだと彼の父親は語っているが、ゲームの仕組みだけではなく、ゲームがビジネスとして成り立つところまで取り入れているから感心する。例えばバスケットボール・ゲームでフープにボールが入ると、景品に交換できるチケットが下の方からどんどん出てくる。段ボールの裏でケインがチケットを押し出しているだけなのだが、たかがチケット、されどチケットである。それが出てくるのと、出てこないのではプレイ体験がずいぶん異なると思う。カジノでお客が気分よく遊べるのは、上手くいっているときに盛大に盛り上げてくれるからではないか。逆に世の起業家たちのサービスを思い返してみると、ユニークな技術を持っていても、チケットを押し出すようなユーザーのための演出に欠けていて、実際のサービスが残念な結果になっている例は数多い。
ファン・パスのセキュリティも面白い。電卓を活用しているのだ。手書きのファン・パスにはピンコードと数桁の番号が書かれている。各ゲームの前に貼られた電卓にピンコードを入力し、ケインがあるキーを押してファン・パスに書かれている番号と同じ数字が出てきたら、ファン・パスが本物と見なされる。例えばピンコードは「453」で、番号は「21.283796」。あるキーが「√ 」であるのを大人が解読するのは難しくない。が、こうしたお客の信頼を獲得する仕組みを9歳の男の子が考えついて、自然にやっていることが面白い。
2匹目のドジョウを狙って子供を起業家にする親たちが現れそうだが、子供が段ボールで店を作ったというだけでは、Caine's Arcadeのように人々の興味を引くことはできないだろう。自分が使いたいもの(遊びたいもの)、人々が喜ぶものを作り、熱意を持ってビジネスを起こし、資金が足りなければ工夫し(段ボール)、顧客の興味を喚起し(チケット)、飽きさせず(新しいゲーム作り)、信頼を獲得する(電卓)など、Caine's Arcadeにはスタートアップが成功するために必要なことが詰まっている。これらの実行に年齢は関係ない。大人だって、なかなかできるものではない。だから、人々はCaine's Arcadeに驚く。
ケインが段ボールを卒業し、才能を伸ばして新たな成功をつかめるかは分からないが、その可能性には期待したくなる。25万ドルを目標に奨学金を募る基金には、16日時点で17万ドル近くが集まっている。
Instagramに10億ドルの価値はある?
さて、Facebookが写真サービスのInstagramを買収することで合意した。株式公開間近となったFacebookが株主に価値をアピールし続けるために、人気の高いスタートアップの買収に乗り出し始めた……10億ドルという買収額を含めて、新たなバブルの到来を指摘する声が少なくない。
しかし、個人的にはFacebookは賢い買い物をしたと思う。Instagramはスマートフォンから手軽に写真を共有したいという思いをシンプルに形にしたサービスだ。フィルターを使った写真加工など、ユーザーに面白いと思わせる仕掛けも上々である。スタートアップが成功する要素が詰まった会社であり、爆発的にユーザーが増加しているのもうなずける。だからFacebookがInstagramを買収しただけで、新たなバブルと見なすのは早計に思える。
ムリックがCaine's Arcadeのドキュメンタリーを撮り、Caine's Arcadeのマーケティングを手助けしたように、FacebookもそのインフラをInstagramに与えた。ケインのような起業家スピリットを持ったケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーが、このチャンスをどのように活かすか、その結果がどのような騒ぎを生み出すのか楽しみである。