米Amazon.comが米国時間の1月31日に発表した2011年の12月期決算は、同社のアグレッシブな姿勢がよく現れた内容になった。昨年9月末に発表したKindleの新製品が好調なスタートを切り、昨年の年末商戦にKindle端末の販売台数は前年同期の3倍近くに増加した。10月-12月の売上高は174億3,000万ドルで前年同期比35%増だ。ところが純利益は58%の大幅減である。今年第1四半期の予測も売上げは22%-36%の増加なのに、営業利益は69%-162%の下落で、営業損失を計上する可能性すらあるという。
このすさまじい増収減益ぶりを見て、Amazonと市場を争うライバルは背すじに寒気が走ったことだろう。
いまAmazonは利益を失うリスクを背負ってでも市場を奪う戦略に打って出ている。代表的な例はKindleだ。同社は価格を抑えてKindle端末を販売し、コンテンツ販売で長期的に利益を生み出す戦略を採っている。現在のKindleデバイスの上位モデルであるAndroidタブレット「Kindle Fire」は、デュアルコア・プロセッサやカラーIPSスクリーンを搭載して199ドルだ。複数のアナリストが同デバイスの原価割れの可能性を指摘していたが、12月期の増収減益によって、その分析の正しさが証明されたと言える。
薄利多売どころか、Kindle Fireに限っては売れるほどに損失がかさんでいた可能性が高いが、昨年のホリデーシーズンを通じて、米電子書籍市場におけるKindleの一人勝ち状態がさらに際立った。Amazonが勝ち抜いたというよりも、Appleを除いてライバルが霞んでしまったという印象である。
Amazonによって破壊されようとしているのは書籍市場だけではない。その戦略の影響は広く小売市場全体に及ぼうとしている。Weblogsの共同創設者であるJason Calacanis氏が「The Cult of Amazon Prime (Amazon Prime崇拝)」という記事の中で、Amazon Primeの契約者が継続的に増加していくtipping point (転換点)を迎え、今後は18ヵ月に2倍のペースで増えていくと指摘している。4年後までには米国の1億2000万世帯の1/4から1/3に達すると見る。
年会費制サービスAmazon Primeは、米国では年額79ドル(約6,000円)で、会員は2-Days配送サービス(対象製品のみ)、映画・TV番組(10,000タイトル以上)のストリーミング、電子書籍(5,000作品以上)のレンタルなどを利用できる。79ドルは高いという声が根強いが、配送サービスの対象製品を拡大し、デジタルコンテンツ・サービスを次々と追加しながらも、Amazonは2005年2月のPrime開始から会費の値上げを行っていない。割安感が次第に高まっているのも事実で、2日で受け取れるなら、車を出して買い物に行くよりもAmazonを利用した方が手軽で、時間の節約になると考える人が着実に増加している。また同社はAmazon Studentという名称で、.eduのメールアドレスを持つ人に年額39ドルでPrimeサービスを提供しており、特に20代を中心にPrimeの価値が浸透している。ただしPrimeユーザーのAmazonの利用回数は非ユーザーの2-3倍というから、Primeの会費据え置きがユーザーの順調な増加につながり始めた一方で、同社の増収減益の一因になっている可能性が高い。
Calacanis氏が"tipping point"と指摘するように、Primeユーザー増加の影響は昨年の後半からライバルの業績に色濃く表れるようになった。例えば米小売大手Targetが5日に発表した昨年12月の業績では、同社の実店舗の売上が予測の半分程度の1.6%の伸びにとどまった。クリスマスシーズンの不振について、社長兼CEOのGregg Steinhafel氏は「食料品や化粧品の順調な成長が、家電、音楽、DVD、書籍の伸び悩みの影響を受け、予測を下回る結果になった」とコメントしている。家電 / 音楽 / DVD / 書籍はAmazonが得意とする製品であり、食料品や化粧品は比較的Amazonの品揃えが薄い製品である。
TargetはWal-Martよりも若い年齢層をターゲットにしたブランディングで急成長したディスカウントチェーンで、顧客層が若いからWal-Mart以上にAmazonの影響を受けやすい。クリスマスシーズンの業績だけでAmazonの影響と断定するのは早計だが、Wall Street Journalの報道によると、同社は今年に入って製品のサプライヤーにTarget限定の製品を開発・提供するように求め始めたという。製品を手に取って確かめるためだけに店舗を訪れたり、店内で価格比較アプリを使ってその場でオンラインで購入する客が増加しており、店舗のショールーム化の対策に乗り出したのだ。
限定製品やプライベートブランド製品は、Targetの実店舗でしか買えない製品になり得るが、多くの消費者がオンラインストアを利用している大きな理由は価格であり、実店舗を展開・維持し、多くの従業員を雇わなければならないコスト構造の不利の解決にはならない。それにAmazonも「AmazonBasics」という名称で提供する独自ブランド製品(電池、ケーブル、メディア、アクセサリなど)を急速に拡大しており、多くの製品が高いユーザーレーティングを獲得している。このままAmazonBasicsブランドが"安くて高品質"という評価を確立したら、ブリック&モルタル側はプライベートブランド製品でも対抗しにくくなる。
実店舗がオンラインストアのショールームのようになりつつある状況がAmazonの売上を押し上げているが、同社もこれを歓迎してはいないだろう。批判の矛先がAmazonに向けられる可能性が高く、長期的にはAmazon自身が解決に乗り出す必要に迫られそうだからだ。Calacanis氏は、Amazonがカスタマーサービスと製品紹介を目的とした実店舗を展開すると予想している。
その可能性は十分にあると思う。Amazonなどオンラインストア大手と競合する分野で、巨大な実店舗がショッピングモールやショッピングスクエアなどから次々に消えている。その後に入る店に、大きな変化が見られるのだ。例えばヒューストンでは家電量販店Circuit Cityの跡に、The Arms Roomという銃を扱う店がオープンした(試し撃ち可)。フロリダのTallahasseeモールでは衣料チェーンOld Navyの跡にフェンシング学校が、ダラスのGrapevine Millsモールには水族館がオープンした。他にもトランポリン施設やゴーカートサーキット、動物病院など、これまでショッピングモールにはなかった種類の店舗が登場している。これらがオンラインストアと競合しない事業であるのは偶然ではないだろう。
ライバルの小売業者と競争するためではなく、街の風景が変わる中で、Amazonが実店舗を用意すべき理由が出てきているのだ。