オンラインバンク「Simple」から、年明けに招待状を発送できるという連絡が届いた。DwollaPath.comPinterestなど、今年もスタートアップが提供するユニークで便利なサービスと出会えたが、Simpleは2011年という年をあらわすようなスタートアップサービスだと個人的に期待していた。だから年内に使い始められなかったのは残念だったが、この人気ぶりはサービスが時代にマッチしてる証しと言える。ちなみに今、招待状を申請しても招待状が届くのは来年の夏過ぎになるそうだ。

不景気のせいか最近、手数料やサービス料を請求されることが増えている。例えば、米国の航空会社だ。預ける荷物すべてに料金を課すキャリアがあるし、空港のカウンターでフライトを変更した時に思わず聞き直すような手数料を取られたこともあった。チケット代は以前とそれほど変わらなくても、旅行中にいやな気分になるほど手数料が積み重なることがしばしば。節約したい旅行者が節約できる料金制ならともかく、結局料金が発生するいわゆる"hidden fee (隠された料金)"に近い状態になっている。原油価格が高止まりしたままの厳しい時期に、見かけだけでも値上げを避けたい気持ちは分かるが、これでは結果的に旅行者が航空会社に対して不信感を抱いてしまう。

同じようなことが米大手銀行のサービスでも起こり始めている。預金の規模が桁違いに大きな得意客には優しく、しかし生活費の管理に使っているような人たちからは手数料・サービス料をしぼり取るような感じで、従来は無料だったサービスに料金が発生するようになってきた。リーマンショック後の再編で収入を見直した結果だろうが、こうした手数料やサービス料が重しになって人々が積極的にお金を活用しなくなったら元の木阿弥だ。

Simpleは逆に、銀行口座が生活費管理の場になっているような人たちのための銀行と言える。サービス名が示す通り、お金を「預ける」「管理する」「引き出す」という3つの基本的なサービスをシンプルに提供する。そこにはhidden feeはなく、一部のコストの大きなトランザクション(例:国際送金)を除いて手数料・サービス料は一切かからない。

「銀行はなまけ者だ。必要のない料金を取り立てて、私たちの生活を締め付ける。カスタマーの資産に関する最新情報を常に提供する努力も怠る。銀行はカスタマーにとって擁護者(advocates)ではなく、敵対者(adversaries)になってしまった」(Simple)

Simpleは「われわれはテクノロジを愛している」と断言している。CTOはAlex Payne氏だ。Twitterにおいて、今や同サービスのコアインフラとなりつつある開発者プラットフォームをつくり上げた人である。Simpleではテクノロジが、ユーザーにとって銀行利用が"シンプル"かつ"分かりやすい"ものになるように使われている。

サービスの発想としてはGmailに近い。メールを整理せずにため込み、必要な情報は検索機能とフィルタリングで取り出す。Simpleのユーザーも、ただ入金し、そこから支払うだけ。資産管理は、検索機能と分類機能におまかせなのだ。

SimpleのアカウントのWebページのインタフェースはトランザクションが並ぶ簡素なものだが、カードでの買い物や、月々の支払いなどすべてのトランザクションがSimple上で自動的に分類され、インデックス化されたデータを強力な検索機能を使って様々な角度からすばやく絞り込める。自然言語での検索も可能。例えば先々月に行ったレストランの名前が思い出せなければ、「今年の10月にサンフランシスコで行ったレストラン」と検索すれば、瞬く間に結果が返ってくる。

自動分類を基に予算管理を手軽にする機能も備える。ユーザーの入金・支出の動向データからSimpleが自動的に予算を組み立てるので、あとはユーザーがそれを微調整するだけ。個々の目標に応じた、その時その時の預金のゆとりを把握できるようになる。アカウントのページの最も目立つところには、残高ではなく、入金・支出動向データを基にしたSafe-to-Spend(毎月の支払いや、通常使う金額を残高から差し引いた、その時に使っても安全な金額)が表示される。

Gmailのように、データをため込み検索機能で情報を取り出す

オンラインバンクで実際の店舗がないのがネックになるが、Simpleが提携している銀行から手数料無しで入金することが可能。小切手なら、スマートフォン用のアプリで撮影するだけで入金できる。口座保有者にはVISAのデビットカードが提供され、また全米40,000カ所以上のATMを利用できる。逆に店舗を持たないからこそ、Simpleは手数料・サービス料に頼ることなく、運営コストを金利差益とVISAデビットカードから分配される収益だけでまかなえるのだ。

ホンモノのOccupy Wall Streetはネットで起こっていた

TIMEの今年の人(Person of the Year)は「The Protester」(抗議する人)だった。アラブの春、ロンドンの暴動、そして夏過ぎに始まったOccupy Wall Streetと、確かに今年はプロテスターがトップニュースであり続けた。

TIMEが選んだ「今年の人」は「The Protester」(抗議する人)

夏過ぎにニューヨーク市で始まり全米各地に広がったOccupy Wall Streetは、主張や目標があいまいと批判され、またOccupy(占拠)の効果にも疑問符が付けられた。的外れな指摘だとは思わない。ただ、私は傍観者の1人として運動に対する寄付金の流れが面白いと思った。格差拡大への不満を訴え、金融街を占拠しようとする運動なのだから、寄付の送金で大手の銀行や金融機関を儲けさせるわけにはいかない。PayPalは昨年のWikiLeaks問題への対応で信用を落としており、結果的にWePayのようなネット・スタートアップの支払いサービスが受け皿になったのだ。金融街における派手なデモと、ネット上で起こっている地味な支払いサービスのシフト。どちらが大手金融会社にとってイヤなものかと想像したら、明らかに後者である。目標を問うならば、本当に効果的なOccupy Wall Streetは明確なソリューションが存在するネット上で起こっている。手数料・サービス料ゼロで顧客のためのサービスを目指すSimpleに今多くの人たちが関心を持っているのもまた、ネット上におけるOccupy Wall Streetなのだ。

Simpleは、今日の大手銀行のサービスが顧客のためになっているとは言いがたいところにビジネスチャンスを見いだした。Webサービスの情報処理能力が、そのソリューションとなり得ているのが面白い。これはSimpleに限った動きではない。前回の大統領選挙では支援者をつなぐ役割を担ったソーシャルネットワーキングが活躍したが、来年の大統領選に向けて、政策や経済に関する膨大で複雑な情報を個人向けにカスタマイズするWebサービスに注目が集まり始めている。出会い系サービスにおいても、データ重視で"オンラインデート界のGoogle"と称されるOkCupidが何かと話題になっている。インターネットに存在するデータにアクセスできるだけでは不十分。ユーザーが理解でき、使いこなせるように整えることが肝要だ。そのためのフロントエンドとしてWebサービスが大きく成長する……そんな年に来年はなるのではないだろうか。