8月22日にニューヨーク連邦地方裁判所でMP3tunes訴訟の判断が下された

十数年前に、Diamond MultimediaのRio PMP300というMP3プレーヤーがあったのを覚えているだろうか。MP3に変換した音楽の転送が違法複製にあたると全米レコード協会から販売中止訴訟を起こされ、控訴審で「MP3プレーヤーは違法ではない」という判断を引き出した。PMP300は内蔵メモリ32MB(+スマートメディア)という仕様で、価格は250ドル。メモリーの値段が高かった当時は実用的な音楽プレーヤーではなかったが、その勝訴によってデジタル音楽プレーヤーが市民権を得ていなければ、数年後にiPodは登場しなかっただろうし、CDからデジタルダウンロード配信へのシフトも起こらなかっただろう。PMP300訴訟は過去10年間のデジタル音楽配信の起点だったと言える。

Rio PMP300

今回のMP3tunes訴訟はデジタルダウンロードから次の段階へのシフト、つまりクラウド型への移行を左右する裁判として注目された。MP3プレーヤー訴訟に破れ、それから違法コピーの蔓延に悩まされたレコード会社には「今度こそ……」という思いがあったはずだ。

MP3tunesはPC内の音楽ライブラリをオンラインストレージに同期し、ストリーミング再生や複数のPCとの同期を可能にする。これが違法コピーの利用につながるとして、07年にEMIなどがMP3tunesと創設者のMichael Robertson氏個人を著作権侵害で訴えた。

MP3tunes

EMIなどはクラウドの音楽ロッカーに納めた音楽コンテンツは、レコードやCD、デジタルダウンロード版と同じように1つのフォーマットであると主張した。たしかに、音楽ロッカーは単なるバックアップではなく、音楽ロッカーをハブにパソコンやスマートフォンなど様々なデバイスで音楽コンテンツを楽しめるようにするものだ。ただし、この定義はユーザーにとって出費を意味する。例えば購入したCDからパソコンに取り込んだ音楽を、個人で楽しむためにクラウドに置いても、それは著作権侵害と見なされる。クラウドで使用するには、そのためのライセンスを改めて取得する必要がある。

一方MP3tunes側は、クラウドストレージに複製を置くのは公正使用の範囲と主張した。個人で使用する範囲であれば、CDからパソコンに取り込んだ音楽をMP3プレーヤーに転送して楽しめるのと同じという定義だ。

MP3tunesのサービスについてはWeb企業の間からも批判的な声が少なくなかったが、音楽ロッカーを使うためにユーザーが音楽を買い直すようなことになれば、音楽に限らずクラウドストレージの活用が制限されてしまう。クラウドサービスは実際に使ってみないと、その便利さを実感しにくい。クラウドサービスを活発に利用できる環境をユーザーに提供してこそ、新しい革新的なサービスの土壌になり得るという点で、多くのWeb企業がMP3tunesの言い分を支持。非営利団体EFFも、オンライン音楽ロッカーという新分野が成長できるようにデジタルミレニアム著作権法(DMCA)のセーフハーバーの対象にすべきという見解を示した。

昨年の半ば頃からクラウド型の音楽サービスが出るぞ出るぞと言われながら、なかなか出てこなかったのは、このMP3tunes提訴がいつの間にかクラウド型の音楽サービスのあり方をめぐるレコード会社とWeb企業の対立に発展し、音楽ロッカーの合法性の確証が得られなかったからである。

さて注目の判決はというと、William Pauley判事はMP3tunes側の言い分を概ね認め、オンラインロッカーに保管した音楽コンテンツがセーフハーバーで保護されるとした。ただし、サービス提供者はDMCAに従って違法コンテンツを削除しなければならない。MP3tunesは同社が運営する検索エンジンsideload.comを通じて違法コピーを含む検索結果をMP3tunesユーザーに提供しており、レコード会社の指摘を受けてからリストを修正したものの、著作権侵害に該当するファイルをMP3tunesユーザーのロッカーから削除しなかった。これらについてはDMCA違反に当たるとした。クラウドの可能性を認め、さらにMP3tunesのサービスに不満を持ちながらも同社を支持したWeb企業も納得させる名裁きだったと思う。

ニューヨーク地裁の判決によって、とりあえずはGoogleやAmazonがクラウド型音楽サービスを提供する上での障害はなくなった(Appleはレコード会社と合意済み)。しかし、今のこれらのサービスは、ツールとして認められた音楽ロッカーをそのままサービス化したものに過ぎない。話題にはなったが、実際に使ってみると面白みがなく実用性も今ひとつだ。初めて触るMP3プレーヤーに興奮したものの、それもつかの間、内蔵メモリーにはアルバム2-3枚しか入らず、曲の入れ換え難さにうんざりしたRio PMP300を思い出す。クラウド型の音楽サービスに関して、iPodやiTunes Music Storeが登場するのは、これから先のことである。所有するコンテンツをクラウドロッカーで公正使用する権利が認められたのだから、むしろEvernoteやDropboxのような会社の方があっと驚くものを編み出すかもしれない……などと考えていたら、米国でDAR.fmという会社がバージョン1のベータサービスの提供を開始し、ちょっとした話題になっている。

DAR.fmはラジオ用のクラウドロッカーと呼べるサービスだ。メンバーになると2GB(約100時間分)の無料オンラインストレージが割り当てられる。全米のAM局・FM局がリストされたDAR.fmのWebサイトで番組をブラウズし、録音ボタンをクリックすると、その番組がロッカーに保管され、いつでも聞けるようになる。とても簡単だ。ロッカー内の番組はパソコンやスマートフォンのほか、RokuやChumbyなどのネットデバイス、PlayStation 3、Wii、ネットラジオ端末などで再生できる。

エンドユーザーが直接受信していないラジオ放送をリモートで録音して合法サービスと言えるのか。2008年にケーブル会社の契約者に対するリモート録画サービスが公正使用の範囲と認められたケースがあるものの、非常にグレイなサービスと言わざるを得ない。しかし、今どきラジオ番組に生活のスケジュールを合わせる人は少ないし、ラジオの録音・タイムシフトをわざわざ用意する人も少ない。DAR.fmの簡単・便利さは、どんどん疎遠になっていくラジオを再び身近にしてくれるものである。

8月25日にインターネットラジオのPandraが2012年度第2四半期決算を発表した。売上高が前年同期比117%増、リスナー数は125%増だった。1800万ドルの損失を計上し、リスナー数は従来のラジオの4%にも達していないが、めざましい成長を遂げている。広告効果という点で、すでにラジオを抜いているという指摘もある。一方で米国のラジオ局の収入は2006年から伸び悩みが続いており、今日のネットユーザーにリーチできるような手段、広告主に対してよりアピールできる手段を検討すべき時期にさしかかっている。もしDAR.fmのようなサービスに活路を見いだす意思があれば、ニューヨーク地裁の判決は新しい番組提供手段の実現を後押しするものになるだろう。

ちなみにDAR.fmのバックグラウンドを調べてみたら、MP3tunesのMichael Robertson氏が創設者だった。MP3.comの頃から取り組んできた音楽ロッカーサービスの問題がようやく一区切りとなり、これで落ち着くかと思いきや、早くも新たな騒動を起こしている。同氏は音楽ロッカー以外にも、LinuxデスクトップLindowsでMicrosoftを挑発した過去を持つ。アグレッシブすぎる手法には常に疑問符が付くものの、トラブルを恐れない(むしろ、好む)バイタリティには感心させられる。