ブックマーク共有サービスのPinboardが3年目に突入した。同サービスは基本サービスを無料で利用できるが、「スパム防止」という理由で最初に登録費がかかる。ユーザーが増えるごとに少しずつ高くなるユニークなルールを採用 (遅く入会するほど高くなる!)しており、2.04ドルでスタートした登録費は現在9.37ドル。今のアクティブユーザー数は12,500人。1人増加する毎に0.001ドルが加算されていると言われていたが、ユーザーの伸びの上昇に伴い上乗せのペースが緩やかになっている模様だ。同サービスを立ち上げたMaciej Ceglowski氏は10ドル以上になると高すぎると考えているようで、そのマイルストーンはさほど遠くはない。
Pinboardは筆者が今、Googleのサービス以外でひんぱんに利用しているWebサービスの1つになっている。好んで使っている理由は3つあって、まず「速い」。スピードはPinboard自慢の機能の一つで、検索すると昔のGoogleのように検索に要した時間がページ上部に表示される。ページのユーザーインタフェースは非常に簡素で、自分のページにアクセスすると瞬く間に表示される。オンラインブックマークはブックマークデータへのアクセスに時間がかかるのにうんざりするものだが、Pinboardは速いから拡張機能を使ってブラウザから直接Pinboard内のブックマークを検索できるようにしておくと、まるでブラウザのブックマーク機能のように快適に利用できる。またiOSアプリやAndroidアプリが存在しないものの、そんなの必要ないぐらいモバイルでもブラウザでキビキビと動作する。
Pinboardを開いたり、ブックマークを検索するなどアクティビティの度に、サイト上部でさりげなくスピードをアピール |
2つめは「開発者のやる気」。ブックマーク共有サービスはネットの情報を広める役割を完全にFacebookやTwitterに持って行かれた状態で、斜陽サービスの1つと言える。DeliciousですらYahoo!が売却を決断して一時は先行き不透明になり、Googleブックマークは開店休業状態が続いている。そのような中でPinboardはとても元気だ。複数のタグによる絞り込み、ブラウザプラグイン提供、Twitter対応、Instapaper統合、ブックマークしたページの全文検索(有料アーカイブアカウントが必要)など、どんどん機能が追加される。これはYahoo! BrickhouseのエンジニアだったCeglowski氏が個人で立ち上げたサービスで、同氏がPinboard開発に熱中しているからだろう。個人プロジェクトが、今のところユーザーにとって好ましい方向に現れている。
3つめは「アンチソーシャル」だ。プライバシー重視と言い換えられる。ブックマーク共有サービスでありながらPinboardは容易に「共有しない」をデフォルト設定にできる。Delciousでも個々のブックマークをプライベートにすることは可能だが、はじめに共有ありきだ。同じプライバシー運用が可能でも、積極的に共有させる仕組みがサービスに組み込まれているかどうかの違いは大きい。筆者のようにブックマークをどんどん放り込んでPCやスマートフォンから幅広く検索・アクセスできるようにするのが最優先で、共有したいのは一部というユーザーにはアンチソーシャルはありがたい。
ただ、いいことばかりではない。最大の欠点はCeglowski氏の個人プロジェクトだからいつどうなるか分からないこと。安定したサービス提供の保証もない。実際、1カ月前に1週間ほどバックアップ・サーバでの運用に切り替わったことがある。その間ブックマークの登録はできたが、スピードは遅く、タグや検索機能がほとんど使いものにならない状態だった。なんでも契約しているデータセンターがFBIの手入れを受けてブレードサーバーを丸ごと押収されたそうだ。その結果が、これ(スケアウエア詐欺でラトビア人逮捕)らしい。
契約するか悩んだときは登録有料よりも、この個人運営の不透明さが引っかかったが、データのエキスポート機能も用意されているし、なによりも「アンチソーシャルなブックマーク共有サービス」というのが自分のニーズにぴったりだった。それで契約して1年が経過。今のところ、とても満足している。
打倒Facebookは無理だけど、Google+の狙いは……
さて、いま話題のGoogle+に触れてみて、個人的にはすぐにPinboardを思い出した。Google+は個人プロジェクトではないものの、同社の過去のソーシャルネットワークの取り組みを思い出すと簡単には信用できない。すぐに打ち切りになるんじゃないかという不安が募るばかり……というのは半分冗談だが、登録ユーザーで圧倒的な地位にあるDelicious (YouTube創業者による買収で展望が開けたし……)と、"今さらブックマーク共有サービス!?"という感じのPinboardの関係に、FacebookとGoogle+が似ているように思うのだ。
Google+はCirclesというグループ機能を土台に据えた「アンチソーシャルなソーシャルサービス」だと思う。同じことをFacebookでも友達リストやグループを駆使して行える。ただFacebookは積極的に共有させる仕組みになっていて、ユーザーが"アンチソーシャル"に使いこなすにはサービスを深く理解する必要がある。だからGoogleの意図通りに機能すれば、Google+のアンチソーシャルなアプローチに安心感を覚える人は少なくないだろう。
ただ、アンチソーシャルなブックマーク共有に矛盾を感じるように、アンチソーシャルなソーシャルサービスも看板が目立たない飲食店のようなものである。宣伝しなくても根強いリピーターに支えられるうまい店でなければ、単なる矛盾だ。Pinboardの場合は素早いページ表示や高速検索などを追及することで、アンチソーシャルなオンラインブックマーク・サービスに対するニッチなユーザーのニーズを掘り起こしてきた。Googleもまた、アンチソーシャルなソーシャルサービスを納得させるユニークな機能を作り出せるかが今後の課題になるだろう。Hangoutsはその試みの一つだと思うが、まだまだ足りない。ユーザーがサービス提供者のやる気に惚れ込むほど、積極的に独自性を示してほしいところだ。
オンライン広告を収入源とするGoogleにとって、アンチソーシャルはビジネスチャンスを狭めることを意味する。Pinboardは個人プロジェクトの範囲で使いやすいサービスを追及するのみで、広告展開なんかまったく考えていないからアンチソーシャルを宣言できるが、Googleはどのように本業へと結びつけていくのか。この点ではGoogleとPinboardは並べられない。Googleにはもっと壮大なもくろみがあると考えるべきだろう。
今さら感のあるGoogleのソーシャルサービス再参入で、同社がソーシャルグラフ作りやユーザー数でFacebookを逆転するのは容易ではない。では、Googleにとって現実的な目標は何か? おそらくFacebookにネットワークを開かせるのに十分な勢力になることではないだろうか。
今の米国のSNS市場には2つの大きな問題がある。1つはサービス提供者ごとのネットワークにユーザーが閉ざされていること。異なるネットワークのユーザーとは通話できなかった大昔の電話ネットワークのようなものである。インスタントメッセージはこの問題を解決できなかったから、テキストチャットを超えた新しいコミュニケーションに発展しきれていない。ネットワーク間の接続を実現してこそ、ユーザーにとって便利なものになり、革新的なサービスの実現が期待できる。ところがMySpaceが衰退し、TwitterはFacebookの脅威になっているものの異種ライバルの域を超えていない。Facebookの独り勝ち状態で、ネットワークが閉ざされた不便さをユーザーが感じないような状況になりつつある。これが、もう1つの問題だ。これを打破するのはiPhoneに対するAndroidのオープンなアプローチではない。むしろ、Webアプリを実行する圧倒的なスピードでユニークな存在感を示したブラウザ市場におけるChromeのようなアプローチの方が有効である。