Android Honeycombタブレットに続いてiPad 2も発表され、いよいよ今年がタブレット元年になりそうな雰囲気が高まってきた。

さて先週のAppleの発表会のキーノートにおいてCEOのスティーブ・ジョブズ氏が、同社のApp Storeを通じて開発者に支払われた額の累計が20億ドルを突破したと発表した。会場では数多くの開発者が座るVIP席から大きな拍手が起こった。ちなみにIHS Screen Digestの調査によると、Android MarketやBlackBerry App Worldなども合わせたモバイルアプリ・ストア全体の2010年の売上げは22億ドル(うちApp Storeは18億ドル)で、前年比160%増。モバイルアプリが成長分野であるのは疑いの余地がないように思う。

App Storeでのアプリ開発者への支払いが20億ドル超に

ところが、GoogleのTim Bray氏が個人ブログで「I deeply believe that the app-sales business sucks (アプリを販売するビジネスには本当に価値がないと思う)」と切って捨てている。22億ドル規模でも同市場に参入する開発者も多いから、1人あたりに換算すると売上高は小さい。「10ドル以下の製品を1回単位で販売するのは、歴史的にWalmart(米ディスカウントストア最大手)のような企業のビジネスだ。一部の人には有効であるのを認めるが、私なら手を出さない」としている。

たしかに、App Storeには35万本以上のアプリが登録されているというから、よほど目立つ形で参入しなければ、数多くのアプリの1つに埋もれてしまいそうだ。しかし、約2年半で20億ドル超の急成長である。モバイルアプリは本当に夢のないビジネスなのだろうか?

第2のFacebookか、それともライフタイム・ビジネスか

そんな疑問を抱いた人に一読をおすすめしたいのが、起業家/コンサルタントのAnil Dash氏の「Mom and Pop, at Web Scale」だ。

ベンチャー投資家がスタートアップをインタビューする際に「ライフスタイル・ビジネスの追求だけで満足するか?」とたずねるそうだ。ライフスタイル・ビジネス……自分のやりたいことをやって、自分を理解してくれるコミュニティから認められ、仲間と家族が余裕を持って生活できる成功を収められれば十分という考え方だ。もしユーザー数が数百万規模の大きな成功を望むなら、その規模に対応するための莫大なインフラ・コストがかかるし、いち起業家がやりたいことを実現するビジネスではなくなる。自分が思い描くビジネスを維持したくてライフスタイル・ビジネスに固執すれば、自分たちの小さなコミュニティは満足させられても、投資家を含む多くの人たちを満足させる規模の成功にはつながらない。つまりライフスタイルよりもGoogleやFacebookのような大成功を優先するメンタリティの起業家でなければ、ベンチャー投資家は出資する価値がないというわけだ。Craigslistや37signalsのようなライフスタイル・ビジネスの成功例がいくつかあるものの、比較的規模の大きなニッチにうまくはまった数少ない成功に過ぎないと指摘している。

なんだか夢のない話だが、Dash氏の本題はここからだ。近年ライフスタイル・ビジネスを取り巻く状況が大きく変化しているという。

クラウド・ベースで効率的かつスケーラブルなインフラが利用できるようになり、今やベンチャー投資家からの支援が大きな成功の条件ではなくなってきた。売上げやユーザーの規模に合わせて、必要な分だけ段階的に拡大できる。また製品販売、メンバーシップ、サービス提供、広告など収入モデルの幅も広がっており、少しずつ成長していく過程で、さまざまな収入モデルの組み合わせを試しながら最適なビジネスモデルを探り当てれば、むしろ失敗のリスクを軽減できる。少ない資金でスタートし、ライフスタイル・ビジネスを維持しながら、そのコミュニティを少しずつ広げていくのが不可能ではないのだ。ベンチャー投資家と組むメリットとして、人や企業のネットワーク、経験からのアドバイスなどが挙げられるが、それらもシリコンバレーに代表されるテクノロジースタートアップの共有の文化が解決のリソースになり得るという。

「(Webの最初の20年間において) 起業家は小さなインパクトで我慢するか、または自分の仕事にこだわらないという選択に直面し、どちらの方が少ない痛みで済むか天秤にかけていた」(Dash氏)。しかし、「今日では、大規模なソーシャルネットワークや配信のためのアプリストアが存在し、ソーシャルアプリは数週間で数百万のユーザーに到達する」。さらに「2-3年のうちに、投資家の支援を受けなくてもソーシャルアプリケーションが5000万人のユーザーにリーチできるようになる」と同氏は予想する。

話を最初に戻すと、大きいようで開発者で混雑している今日のモバイルアプリ・ビジネスは、ライフスタイル・ビジネスを育む環境の1つと言える。アプリストアには、配信、マーケティング、複数の収入モデルのすべてが揃っている。今はベンチャー投資家の支援を受けて大きな成功を収めたアプリが目立つが、小規模ながらも熱心なユーザーに支えられながら少しずつ成長しているアプリも存在する。今日の大規模ビジネスとは異なり、ライフスタイル・ビジネスは起業家の意志を反映しながら、それぞれの目標・価値を目指して成長している。それらが咲き乱れそうなところに、今日のモバイルアプリ・ビジネスのユニークな可能性が現れている。