7月28日(米国時間)に発表された新世代Kindle(以下Kindle 3)を早速予約した。iPadにKindleアプリをインストールした時には、もうKindleを買うことはないと思ったが、Kindle 3の説明を読むと、電子ペーパーの表示改善、高速化、"日本語表示対応"、WebKitブラウザ搭載にWi-Fi通信サポートと魅力的な言葉が並ぶ。そのままポチっと押しちゃいました……。
1年後にはKindleブックがペーパーバックを上回る
iPadが発表されたときの第一印象として「iPadは中途半端なタブレット」と書いた。電子書籍を読むには重たいし、映画を楽しむにはディスプレイの大きさが迫力に欠ける。ゲーム機としても手に持って操作しやすいとは言い難い。ただ、それらのいずれも不満に思うほどではなく、「これで十分かな」と思ってしまうバランスのよい中途半端さがiPadの魅力である。
一方、Kindleは本を読むという1つの目的のためのタブレットである。本体は長時間持ち続けられるぐらいに軽く、バックライトのない電子ペーパーは目に優しい。iPadでは困難な寝転びながらの読書もKindleなら苦にならない。
本を読みやすい……この点においてiPadを上回っていれば、タブレット市場でKindleはiPadと共存できる。ただKindle 2は、iPadを圧倒するような読みやすさを提供できてはいなかった。一番の不満点は、スムースとは言い難いもっさりとした動き。ページ移動のときに読書が途切れてしまう。またE Inkの電子ペーパーのグレイがかったバックグラウンドと文字との対比はひと昔前の古新聞のような感じで、もう少しコントラストが欲しいところだった。長時間の読書ならKindleに軍配が上がるものの、数ページを読むだけならカラー液晶を備えたiPadの方が快適である。
Kindle 3はE Inkの新世代電子ペーパーPearlを採用し、コントラスト比が前モデルから50%向上した。今日の新聞と同等、一般的なペーパーバックを上回る。ページ移動が20%高速になり、途切れなく読書を続けられるという。さらにKindleの長所も伸ばした。同じ6インチのディスプレイサイズまま、本体サイズを21%小さくし、17%の軽量化を実現。一般的なペーパーバックよりもコンパクト・軽量で、片手でも難なく取り扱えそうだ。
iPadというライバルの登場によって、AmazonはKindleの電子書籍リーダーとしての弱点に真摯に向き合ったのだろう。電子ペーパー搭載の電子書籍リーダーが本を読むためのデバイスとしてマイルストーンに到達した"成熟"が伝わってくる。こうなると手元にiPadがあってもKindle 3が欲しくなる。加えて価格だ。デジタルデバイスの普及には200ドルがマジックプライスになると言われている。AppleのiPodも、iPod miniで200ドルを切ってから爆発的に売れ始めた。Kindle 3は、Wi-Fiモデルが139ドル、無料3G+Wi-Fiモデルが189ドルと、新モデルで200ドルのラインを下回った。
Amazon自身、Kindle 3には相当自信を持っているようだ。2010年第2四半期にAmazon.comにおけるKindle対応の電子書籍(以下Kindleブック)の販売数がハードカバーを上回ったが、USA TodayのインタビューでAmazon CEOのJeff Bezos氏は9-12カ月中にKindleブックがペーパーバックの販売数を上回り、その後しばらくして印刷書籍全体を超えるという見通しを示している。
おそいKindleにWebKitブラウザ?
堅実な進化の一方で、Kindle 3の実験的な側面も気になる。
Kindleが成功した要因の1つとして3Gネットワーク経由の無料データ通信の提供が挙げられる。パソコンを使わなくてもKindle本体だけでKindleブックを利用できるから、パソコンユーザー以外の幅広い本好きをKindleユーザーに取り込める。ただデメリットもある。Amazonが無線データ通信を無料提供できるような契約を通信キャリアと結べたのは、Kindleのデータのやり取りがテキスト中心でファイルサイズが小さく3Gネットワークを圧迫しないからだ。逆に言えば、Kindleでのデータのやり取りは抑えなければならない。Kindle 2はシンプルなWebブラウザを備えているが、Amazonの説明は「GoogleやWikipediaのような、シンプルなテキスト中心のWebサイトをシンプルに読む分には十分です」だ。実際とてもシンプルである。
それなのに、なぜWebKitベースのブラウザを追加したのだろうか? 米書店チェーン大手Barnes & Nobleが無料3G+Wi-Fiの電子書籍リーダーNookを投入したからか。そうかもしれないが、Nookユーザーがブラウザを便利に使っているという話は聞いたことがない。こちらも悪い意味で中途半端なブラウザであり、処理性能に優れていない電子書籍リーダー同士でWebブラウジングを競ってもまったく意味がない。上には快適にブラウジングできるiPadやスマートフォンがいるのだ。
Kindleで電子書籍リーダーを極めようとしているAmazonが、一般的なWebブラウジングをサポートするためにWebKitブラウザを搭載するとは思えない。同社は新しいブラウザを"試験的なWebブラウザ"としており、Web利用をWi-Fiに限定したNookと異なり、Kindleでは3Gでもブラウザを利用できるようにする模様だ。例えばWebページから本文のテキスト部分だけを抽出して表示する"アーティクルモード"を用意する。Amazonは最近ソーシャルネットワークのサポートに力を入れている。Kindle 3には電子書籍からの引用をTwitterまたはFecebookで共有する機能が統合されている。「そんなの役立つのか……」という声が聞こえてきそうだが、これが意外とレビュー同様に本を買いたくなるきっかけになる。あまり公言したくないのだが、ライター稼業のネタ元として重宝している。リンク先の情報を表示できるブラウザがあれば、ソーシャルサービスのサポートの幅を広げられるだろう。またWebベースのドキュメントや電子書籍のサポートも考えているのかもしれない。もしかするとKindleがGoogle Editionsや、将来登場するであろうHTML5形式の雑誌を読めるデバイスの1つになる可能性もある。こうした様々な可能性を無料データ通信の枠内で提供できるのか、それともWi-Fiのみに限定する必要があるのか、このあたりがWebブラウザを"試験的"に提供する理由だろう。
これまでKindleは印刷された書籍のデジタル版を読むためのデバイスとして成長してきた。しかし電子書籍の販売部数がハードカバーとペーパーバックを合わせた数を上回る日が訪れたらどうなるだろう。はじめに印刷版ありきというプロセスがひっくり返り、出版業界はまずどのような形でデジタル版を提供するかを検討し、それから印刷版も用意するかを考えるような状況になり得る。そんな電子書籍リーダーの爆発的な普及が起きたあとのデジタル版出版時代を視野に入れた試みが見え隠れするところもKindle 3の魅力である。