先週サンタクララで開催されたO'ReillyのWebパフォーマンス・カンファレンス「Velocity 2010」で、キーノートの合間のスクリーンにOperaの「World Record Speed Test」やGoogleの「Chrome Speed Tests」に混じって、OK Goのミュージックビデオ「This too shall pass」のルーブ・ゴールドバーグ・マシン版が流された。テクノロジっぽい内容だし、場違いなチョイスではないが、見たことがなかった人が多かったようで、休憩で会場を出ようとした人たちの足がその間だけ止まってしまった。しかしO'Reillyのイベントでも紹介されるとは、OK Goの活動は本当にポップバンドの域を超えている。


OK Goは「Here it goes again」のトレッドミルを駆使したパフォーマンスのミュージックビデオで一躍有名になり、その後もアイディア豊かなビデオを連発している。ただミュージックビデオばかりが話題になって、曲をラジオで聴く機会は少なく、それでは本末転倒という指摘もある。だが、そこはOK Goも自覚しているところで、雑誌New Yorkのインタビューでボーカルのダミアン・クーラッシュはミュージック・ビデオを宣伝として音楽から切り離すのではなく、ミュージックビデオを含めて1つの作品のプロジェクトと考えていると語っていた。CDやラジオばかりが、ミュージシャンが音楽を提供する方法ではない。実際ラジオでは流れなくても、ネットを通じてOK Goの曲に触れている機会は多く、たまにラジオから流れてくると「おっ、OK Go」と思ってしまう。着実に浸透しているのだ。

OK Goというと、ネットユーザーはミュージックビデオと共に、EMIとの衝突を思い出すのではないだろうか。「Here it goes again」のミュージックビデオが話題になり始めた時、OK Goが所属していたEMIがYouTubeで公開していたビデオの埋め込みコードの提供を無効にしてしまった。それに失望したOK Goは「強欲で、目先のことしか見ていない」とEMIを批判。自説を曲げずに、最終的にOK GoはEMIを離れることになる。その後の作品はネットのあちこちで共有されているが、YouTubeのEMIチャンネルからは今でも「Here it goes again」の埋め込みコードは入手できない。

当時EMIに対するOK Goの反発は無謀な行為と見られた。だが、それはゴリアテの眉間に命中したダビデの投石だったのかもしれない。18日にEMI Groupは経営陣の刷新を発表し、同時にCDやレコードを提供する音楽レーベルから脱却するプランを打ち出した。これはかつてOK Goに「目先のことしか見えていない」と言われたのを認めた形だ。

音楽レーベルから包括的なライセンス管理企業に

EMI Groupの新CEOはEMI MusicではなくEMI Music Publishingの会長兼CEOだったRoger Faxon氏だ。そして同氏はEMIを音楽レーベルから「包括的な権利管理企業」に生まれ変わらせる構想を打ち出した

権利管理企業になるといっても、ミュージシャンの発掘やレコーディングのサポートを打ち切るのではない。オンライン配信からの売上げが伸びているとはいえ、CDやレコードの売上減少を相殺できるほどではない。しかも売上げの大きな部分をレコード/CD全盛時代のカタログが占め、新しいミュージシャンや新しい作品からの売上げが伸び悩んでいる。オンライン配信にスタイルが変わってもCD/レコード世代が顧客の中心で、より若い世代の取り込みに手こずっているのが現状だ。このままでは音楽レーベルは新しい音楽文化をつくり出す会社ではなく、単にカタログライセンスを取り扱う会社になってしまう。そうならないための権利管理会社へのシフトである。

ダウンロード販売やストリーミング、メディア共有、ソーシャルネットワーキングサービスなどデジタル配信のライセンスも包括的に管理し、ミュージシャンとネット世代を結びつけていくところから収益を上げる。若い世代のライフタイルに合わせたライセンスビジネスを構築することで、新たな音楽文化を築けると考えている。EMIはビートルズの権利を所有しているが、CD/レコードは提供できてもApple Recordsとの契約からオンライン配信という形態ではビートルズの曲を提供できない。デジタル版を含む包括的なライセンス管理を実践すれば、今後あたらしい技術やサービスにも楽曲を提供しやすくなる。例えばRamblefishが6月29日に、YouTubeで無料公開する動画に使う音楽のライセンスを1.99ドルで購入できるFriendly Musicというサービスをスタートさせる。こうしたサービスがライセンスを得るのも容易になる。

EMIはすでに、Gorillazやノラ・ジョーンズなど多くのアーティストと包括的な権利管理契約を交わしており、オンライン広告、個人制作のムービー、iPhoneアプリなど様々な形態での音楽利用の問い合わせに対応しているそうだ。今回の発表は、CD/レコードなど聴くための音楽を提供するビジネスから、エンドユーザーが"楽しむ"または”利用する"ための音楽を提供するビジネスに軸足をシフトさせるのを正式に表明した形になる。

かつてビッグ6が存在した時期もあったメジャーレーベルが4大レーベルに減少し、今やレーベルと言うのなら3大レーベルと言うべき状態になってしまった。だがEMIは新たなビジネスチャンスを求めて形態を変えたのであり、残る3社が安泰というわけではない。

EMIの路線変更に対する反応は様々だ。CD/レコード時代はメジャーレーベルと契約しなければ、ミュージシャンは世界中に作品を行き渡らせることはできなかったが、今はOK Goのように独力でメジャーな存在になることも可能である。以前OK Goのミュージックビデオの埋め込みコード提供を拒否したメジャーレーベルが突然ネット文化にとけ込めるとは考えにくく、メジャーレーベルの侵攻によって今日アーティストが自由に活動できる場が失われる恐れを抱く声も少なくない。一方でOK Goのようなユニークなネット戦略を展開できるミュージシャンはわずかであり、EMIのような存在によってCD/レコード時代よりも効率的に新しいアーティストを発見してもらえる仕組みが整うかもしれない。"包括的な権利会社"となったEMIから、今後どのようなアーティストが現れ、どのように話題を集めるか注目である。