2003年にiTunes Music Storeが登場したことで、シングル以外のアルバム収録曲も1曲単位で購入できるようになった。iPadの発表で電子書籍プラットフォームへの注目が高まるなか、デジタルブックでも高い柔軟性をユーザーに提供するオンデマンドサービス「DynamicBooks」を出版大手Macmillanが22日(米国時間)に発表した。講義に使うテキストブックを教授・講師が自由にカスタマイズできる。例えば不必要なチャプターや説明を削除したり、また他のソースからのコンテンツを組み合わせることも可能。こうして作成した電子書籍版のテキストブックはオンラインストアから購入して、ノートPCの専用リーダーまたはiPhoneアプリケーションで読める。

MacmillanはiPadのiBookstoreに参加する出版大手5社のうちの1つ。「DynamicBooks」についてもiPadでの利用をAppleと交渉中だという

違法コピーがまかり通る教科書市場、試される電子書籍

iPad発表でAppleは、事前にあれほど騒がれていたテキストブックにまったくと言っていいほど触れなかった。iBooks紹介の最後にJobs氏が「テキストブックの利用も変わると期待している」と付け加えたぐらいだ。

理由はいくつか考えられる。今年1月にペイス大学やリード・カレッジなど4つの大学が、アクセシビリティ機能の不備を理由にAmazonの「Kindle DX」を授業に採用せず、また学生に利用を勧めない方針を明らかにした。iPadはユニバーサルアクセス機能を標準搭載しており、画面読み上げやクローズドキャプション付きのコンテンツ再生などをサポートしている。とはいえ、製品が発売されて教育の現場で認められるまではテキストブック市場へは切り込みにくい。

またテキストブックは特殊な書籍市場である。米国の教科書は、価格が「高く」、サイズが「大きく」て「重い」。印刷コストと流通コストが不要な分だけ割安で、ノートPCや小型リーダーに何十冊でも詰め込める電子ブックに適していると言えるが、三重苦をなんとかしたいという学生たちの歴史的な努力が積み重なって、電子ブックが形になる以前から様々なソリューションが存在するのだ。教科書専門の古本屋は今もしぶとく生き残っているし、講義で必要なページだけをコピーするサービスもある。ネット上には教科書を交換しあうソーシャルネットワーキングも存在する。デジタル書籍版を印刷版よりもちょっと安く提供するだけでは不十分。学生のニーズを知りつくした既存のテキストブック向けビジネスに対抗しなければならない厳しい市場であり、周到な準備が必要になる。

チャプターの順番を変えたり、他のテキストブックのコンテンツを追加するなど、印刷版でもテキストブックを講義用にカスタマイズするサービスがすでに存在している。これに対してDynamicBooksは、著者や出版社の同意を得る必要なく、教員がオンライン経由でオーサリングツールを使って、簡単かつ自由にカスタマイズできる。講義概要の挿入、補足説明の追加、画像や動画の追加、センテンスやパラグラフの削除・追加/ 変更なども可能。教員によってカスタマイズされたテキストブックを、学生は電子書籍版をダウンロード購入、または印刷版を注文する。電子書籍版ではメモやハイライトを書き込め、ソーシャルネットワーキング・ツールを通じて他の学生とメモを共有できる。またメモも対象とした検索機能を備える。

MDynamicBooksのテキストブックのオーサリング・ツール

DynamicBooksの電子書籍版は従来の印刷版のテキストの半額以下の価格になる。NewYork Timesによると、134.29ドルの「Psychology」を、DynamicBooks電子版では48.76ドルで購入できる。

従来の印刷版のテキストブックが安くならない原因として、学期終了とともに多くが古本屋に流れ、また改訂してもすぐに海賊版も登場するといった流通事情が本体価格に上乗せされる悪循環が挙げられる。DynamicBooksのカスタムテキストは特定の"学期+講義"用であり、古本や海賊版の対象になりにくい。そのためデジタル書籍化以上の価格引き下げにつながるというわけだ。

1冊10ドル以上では高すぎる娯楽!?

柔軟さは電子ブックのメリットの1つである。必要なチャプターだけの購入や、特定の特集だけを買える雑誌、第三者が編集し直した本などが可能になるかもしれないと、DynamicBooksから想像するのは面白い。ただテキストブックは特殊な市場であり、DynamicBooksのような柔軟性がすぐに他の書籍分野に広がることはないだろう。むしろ他の分野では反発される可能性の方が高い。だがDynamicBooksのようなデジタル書籍に触れた学生は、従来の印刷版テキストブックのような値付けを"不条理"と強く感じるはずだ。AppleがiTunes Music Storeを開始したとき、ファイル交換ソフトNapsterを使っていた世代を満足させることを目標としたように、これから玉石混淆となりそうな電子書籍市場も行く行くは今のティーンエイジャーから20代によってふるいにかけられるのではないだろうか。

iPadの発表をきっかけに、これまで上限9.99ドルで販売されていた米AmazonのKindleブックに対して出版社が価格引き上げを求めはじめ、ついにAmazonが応じた。高い作品は14.99ドルで販売される見通しだ。電子ブックへの進化というチャンスを迎えた米出版業界はいま"攻め"に徹している。ただ値上げに対する消費者の反発は強い。New York Timesの「E-Book Price Increase May Stir Readers’ Passions」という記事の中で、作家のDouglas Preston氏が値上げに反対する消費者について「Wal-Martの安売り精神に侵された米国の不健康な一面を見る思い」とコメントした。その直後に同氏のAmazonで販売されている著作に1つ星評価が殺到した。

消費者は安売りだけを求めているのではない。テキサス在住の63歳のKindleユーザーはKindleブックが13ドルを超えたら、その金額をほかのエンターテインメントに費やすとNew York Timesの取材に答えた。ゲームや映画、インターネットなど娯楽があふれるなか、消費者は限られた時間と予算の枠内で娯楽を選択しなければならない。だから価格に敏感なのだという。現状、彼にとって本の適正価格は9.99ドルなのだ。読書に関して"63歳"からこんなコメントが出てくるのだから、出版業界が20代や30代を攻め落とすのは容易ではない。

今週中にもiPadの発売日が明らかになると噂されているが、発売が近づけば謎だらけのiBooks/ iBookstoreの姿も見えてくるだろう。14.99ドルを納得させられる進化を期待したいところだ。