前回はAmazonの「Kindle」とAppleの「iPad」の関係を取り上げた。電子書籍市場において両製品はライバルになると目されているものの、同時に同市場をともに成長させていく良きパートナーとしての関係も期待できる。続いて今回はiPadの主戦場……今年後半に登場する予定のChrome OSデバイスと競合しそうな"第3のモバイルデバイス市場"について考える。

「PCソフトウエア」はネットブックの欠点か?

先月27日のiPad発表会はSteve Jobs氏のキーノートらしい説得力のある内容だったが、一個所「おやっ」と首をかしげたところがあった。同氏がスマートフォンとモバイルパソコンのすき間に「第3のモバイルデバイスが割り込めるか?」という疑問を提起して、ネットブックの不十分さを指摘した部分だ。

「ネットブックは遅い」……たしかに速いとは言い難い。

「ディスプレイが低品質」……これも大部分は当てはまる。

「洗練されていないPCソフトウエアで動作する」……おやっ

言わんとしているところは分かる。遅くて、低品質なディスプレイのネットブックに、ネットデバイス向けに設計されたものではないPCソフトウエアではちぐはぐだ。モバイルデバイスであれば、効率的な動作を引き出すハードウエアとソフトウエアの"バランス"が肝要である。しかし不釣り合いなPCソフトウエアは、ネットブック・ユーザーの要望に応じた結果とも言える。日本国内ではWindowsが搭載されるようになってからネットブックが浸透し始めたが、米国ではまず非力なミニノート向けにカスタマイズされたLinux搭載で広まった。だがLinuxではパソコン好きの枠を超えられず、一般コンシューマに市場を広げる過程でWindows搭載に置き換わってしまった。

Jobs氏の指摘が誤りだというのではない。薄いガラス板のようなタブレットで、音楽・写真・動画を指先ですらすらと操作し、最長10時間のバッテリ駆動時間を実現。しかも携帯電話のように、ボタンひとつですぐに使える状態になる。iPhone OSベースのiPadは、Webブラウジングとメディア(写真/ 動画/ 電子書籍)を楽しむためのモバイルデバイスとして大きな魅力を備えている。だが、もしAppleが同時に分厚くて起動に時間がかかってバッテリ駆動時間も短いけど、Mac OS Xで動作する格安タブレットを用意したらコンシューマはどちらを選ぶだろう? おそらく今はまだ、たとえセカンドマシンであっても「PCソフトウエアが動作すること」を利点と考える人が多そうだ。

これはChrome OSデバイスが置かれている状況にも似ている。Webアプリが最も速く、そして安全に動作する理想的なネットデバイスになりそうだが、Webアプリしか動作しない。関心は集めても、Chrome OSデバイスで十分と考える人がどれぐらい現れるかは未知数だ。

iPadの出足が計画を下回る場合、値下げも視野に柔軟に対応していくことをApple幹部が明かしたというCredit SuisseのBill Shope氏のレポートが話題になっている。AppleはiPhone/ iPod touch、iPad、ノート型Macの棲み分けを重視しており、その中でiPadにはWebブラウジングとモバイルメディア、App Storeの利用を重視するユーザーに選択されるデバイスとしての成長を期待しているという。そのために万全な戦略を講じるという意気込みの裏返しで値下げの可能性にも言及した模様だが、まだ発売前である。この時期にこうした話題がもれ伝わってくると、フタを開けてみるまでiPadとコンシューマの隔たりが分からない不透明感がいっそう濃くなってしまう……。

タブレット版iWorkが示したiPadアプリの可能性

AppleとGoogleはHTML5の普及を後押しするという点では同じ目標を共有している。そこに根付く新たなモバイルデバイスに、ユーザーを引き込めればAppleやGoogleの勝ち。「やっぱりPCソフトでなければ」という考えを覆せなかったら厳しい状況に追い込まれる。

まずはHTML5への流れを確実なものにしなればならない。iPadやChrome OSデバイスがネットを利用するためのモバイルデバイスである以上、マルチメディアウエブやクラウドサービスへの対応は大きな可能性になる。iPad発表会でAppleがあっさりとFlashを無視したのは宜なるかなだ。

ただAppleの場合はiPhone/ iPadアプリという武器があるから、HTML5世代の技術に頼らざるを得ないChrome OSデバイスよりも早くスタートを切れる。カギはデベロッパだ。その指針を兼ねているのだろう。同社はiPad発表会でiPad版iWorkを披露した。Mac版の洗練された操作性、表現力ゆたかなドキュメント作りがタブレット版にも引き継がれている。美しいドキュメント作成は、これまで"PCソフトウエア"に頼らざるを得なかったが、こうした作業をiPadアプリでこなせるようになれば、ユーザーはiPadならではの新たな可能性に目を向け始めるだろう。

iPad版iWorkのワープロアプリ「Pages」

iPadはいま少なからず"大きなiPod touch"と揶揄されている。iPhone OSベースで今はiPhoneアプリでしか想像できないから致し方ない。だが、Appleがタブレットで使えるiWorkを示したように、パソコンソフト側のソリューションもiPadアプリで実現され始めたらiPadの本当の姿が見えてるだろう。ハードウエアだけでは第3のモバイルデバイスには至らない。iPadをiPadたらしめるアプリケーションの登場がiPad離陸のポイントになる。

iPad発表会でデモが披露されたiPad用お絵描きアプリ「Brushes」

iPhoneソフトウエア担当シニアバイスプレジデントのScott Forstall氏は、iPadアプリを第2のゴールドラッシュと表現