米サンフランシスコを拠点とする電子フロンティア財団(EFF)が13日に「2010年に注目すべき12のトレンド」を公開した。同団体はデジタル機器やインターネットの利用における消費者の権利を護るために活動する非営利組織である。そのため年末・年始にあまた見られるトレンド予測と異なり、ネットの"トラブル予測"と言いかえた方がピッタリくる異色の内容になっている。だからこそ、ここで紹介しようと思った。テレビに続く雑誌・書籍のオンラインへのシフト、Webプラットフォームの台頭等々、2010年のネット世界は流れの入り組んだ激流になりそうな様相である。ユーザーにとって、障害物を知ることは川の流れをコントロールする術になる。

  1. 暗号解読 : 高まる通信傍受の危険性
    昨年SSLに対する効果的な攻撃法がいくつか公開された。ネットの力もあり、脆弱性発見の波紋が広がるスピードは速い。長く安全と考えられてきた暗号技術も改善していかなければ、これまでのような信頼できるコミュニケーションを実現できなくなる。中でも今年深刻な問題に発展する可能性として、EFFは携帯電話(GSM)とWebブラウザのセキュリティを挙げる。

  2. 書籍と新聞 : txtは新たなmp3に?
    タブレット・デバイスが続々と登場する今年、出版社や新聞社、ユーザー、ネットコミュニティの間でオンライン出版のビジネスモデルを巡るかけ引きが展開する。昨年News Corp.のRupert Murdoch氏が検索エンジンをコンテンツ泥棒のように批判したが、出版社/新聞社はユーザーのフェアユースを認め、ネットの可能性を活かせるビジネスモデルを確立していかなければ、オンライン販売への移行に遅れた音楽産業の二の舞になりかねない

  3. CESでお披露目された数々のEリーダーの1つ、Plastic Logic「QUE」

  4. インターネット検閲のグローバル化
    あらゆる情報を共有できるのがインターネットの最大のメリットであり、これまでインターネットは無検閲であるべき存在だった。だが人々の生活にインターネットに根づくに従って、安全やセキュリティの面からWebコンテンツのフィルタリング、ネット世界の動向監視が求められ始めている。すでにオーストラリアや欧州では未成年保護やサイバーセキュリティを目的としたフィルタリングのイニシアチブが立ち上がっている。一方でイランや中国では政治的なWebコンテンツの検閲が見られる。そうした権威的な制限を抑制するためにも、オープンWebを守るという目的に沿ったフィルタリングや監視をグローバル規模で考える時期にさしかかっている。

  5. ハードウエア・ハッキング
    EFFはスマートフォンのJailbreakがさらにメインストリームに近づくと予想する。特定のOSやソフトウエア、サービス、コンテンツなどに、ハードウエアやプラットフォームが必要以上に制限されることでユーザーが不利益を被る……そんな考え方に対する理解が深まり、他の分野にもハードウエアをオープン化する動きが広まっていくと見る。

  6. 位置のプライバシー : ポケットの中のトラッキング・ビーコン
    ロケーション技術が広く一般ユーザーの間に浸透し、位置データを利用したオンラインサービスが増加している。同時に居場所や移動という個人のプライバシーに簡単に踏み込めるようになった。ニューヨークやマサチューセッツで裁判所の許可のないGPSデバイスを用いた警察捜査の違法性が指摘されるなど、位置情報のプライバシー保護の論争が勃発している。

  7. ネット中立性 : 重大な局面に
    FCC(米連邦通信委員)の後押しもあり、2010年は「ネット中立性」が理想的な原則から現実の規定に姿を変え始める。FCCのネット中立性支持は歓迎すべきだが、著作権適用に例外を認めるなどFCC版と呼べそうな解釈も見られる。ネット中立性という看板の下、ネットユーザーの理想とは似て非なるものになる可能性もはらむ。

  8. オンラインビデオ : TVの新たな覇者は?
    テレビのネットへの移行は、通信、ケーブル、衛星、ISP、ソフトウエアベンダーなど幅広い産業におよぶ動きになろうとしている。だが大きなビジネスの覇権争いと競争激化は、消費者の権利を損なう結果を招きかねない。たとえば"TV Everywhere"や急速なデジタル化は消費者をDRMに縛りつける可能性を含み持つ。

  9. 米議会 : 悪法案ふたたび
    Cybersecurity Act、移民法改正、REAL IDの採用など、過去に先延ばしされた議論が2010年にふたたび議会に持ち込まれる見通し。

  10. ソーシャルネットワーキング・プライバシー
    今やいくつかのSNSがインターネットと呼べるような規模に成長している。たとえばFacebookのアカウント数はすでに3億5,000万を超えており、これは10年前の世界のインターネットユーザー数に相当する。そんな巨大サービスに集まる個人データの価値は計り知れない。一方でカジュアルさを維持したいサービス側はプライバシー問題に甘くなりがちであり、脆弱性を狙う攻撃者の目は自然と規模・効率性を兼ね備えたSNSに向かっている。

  11. 三振ルール
    エンターテインメント産業からの要望で、著作権侵害を繰り返すネットユーザーのネット接続遮断をISPに課す法案がいくつかの国で検討されている。すでにフランスや韓国において実現しており、警告の積み重ねの結果が"三振アウト"(ネットからの切断)となるケースの増加が予想される。

  12. 商標のフェアユース : パロディに伴うリスク
    誰もが情報を発信できるネット上において、風刺・パロディが大きく開花している。一方でターゲットになる企業や有名人にとっては、トラブルの種が大きくなったも同然。ネット上の風刺・パロディには企業が配布しているトレードマークなどを利用している場合が多く、笑って許せなければ、その商標法違反を問う企業が増えそうだ。商標にも、著作権と同様に慎重な対応が必要になる。

  13. Webブラウザ・プライバシー
    FTC(米連邦取引委員会)は今年、ネットユーザーの振る舞いをベースにしたターゲット広告におけるプライバシー・データおよびプロフィール利用を精査する。ユーザーのWeb利用をトラッキングする手法は、これまであまり一般ユーザーから意識されず、十分に調査されないまま使われてきた。だが、そうしたデータがいま大きなビジネスに結びつこうとしている。プライバシー保護という意味からも2010年はWebアクティビティの記録に対するユーザーの認識を高め、実装のあり方を見直す動きが強まる。

EFFが年頭にこうしたトレンドリストを公開するのは今年が初めてだ。10年代に突入したからというわけではないだろうが、今年は岐路の年になると考えているようだ。12のトレンドの中で、特に注目したいのは(3)の「インターネット検閲のグローバル化」だ。自由であるだけでは、これからのオープンWebは維持できない。オープンであるためのルール作りや制限が、今後の大きな課題の1つになる。"自由なIT・ネット世界の番人"と呼ばれるEFFの予測だけに説得力がある。年明け早々、人権運動家に対するサイバー攻撃をきっかけに、Googleが中国事業からの撤退検討を突きつけてGoogle.cnに対する検閲撤廃を中国政府に求めた。2010年の変化を象徴するような出来事と言える。

Tim O'Reilly氏は「The War for the Web」と表現