今年の9月、Appleが音楽・映像関連イベントを開催する直前に「Appleの音楽・映像イベントに03年以来のインパクトを期待する理由」と大風呂敷を広げ、そして、その予想は見事な空振りに終わった。「できないヤツ」と思った方も多かったと思う。今さらいいわけするわけでは……まぁあるのだが、そのときに紹介したLalaをAppleが買収したという報道で米国の週末はにぎわった。
Lalaを通じて、ユーザーは所有している音楽をクラウド・ライブラリに登録し、Webブラウザでストリーミング再生できる。またユーザーが所蔵コレクションを公開しながら音楽情報を交換する音楽専門のSNSであり、そのネットワークをベースに中古CDの交換を仲立ちするサービスも提供している。
パソコンからクラウドに音楽を登録するためのソフトは使いやすく、Lalaのクラウド・ライブラリに存在しない曲だけがアップロードされる仕組みなので、音楽の登録には時間がかからない。iTunesライブラリ、CD、オンライン音楽ストアから購入した音楽、なんでも登録しておけば、Webブラウザを通じて、いつでもどこからでも自分のコレクションを楽しめる。文章ではあまり伝わらないかもしれないが、クラウドに音楽ライブラリを置いておくとけっこう便利なのだ。Lalaの場合、登録が簡単で、またWebプレイヤーのインターフェイスが使いやすく軽量版iTunesのように動作するからなおさらだ。
買収してもLalaのライセンス契約は譲渡不可能
Appleはダウンロード販売、Lalaはストリーミングとサービスの種類は異なるが両社には共通点が多い。どちらもサブスクリプションと広告ベースの音楽サービスに否定的で、ユーザーが音楽を所有することに強いこだわりを持っている。ただ、"所有する"と言っても購入することを指すのではない。聞いてこそ音楽であり、ユーザーがより多くの音楽に触れる機会を作り出すことで音楽販売が向上すると考えている。Lalaの中古CD交換などはCD販売を落ち込ませるようなサービスに思えるが、Lala上では中古CDをやりとりしたメンバーの間で活発な会話があり、それが新しい音楽を手に入れるきっかけになる。"インターネット規模"というところに議論が残るものの、現実世界でもCDの貸し借りや交換が音楽への関心を高めるものだ。音楽好きの音楽との接し方を、うまくサービスに反映しているという点では否定できない。
さて、iTunesユーザーはLala買収に好意的だが、Lalaに入ってみるとAppleを歓迎していないメンバーも多い。音楽SNSベースの中古CD交換のような大胆なサービスを含め、Lalaのサービスが今後も存続するか不安に思っているようだ。報じられている相手がAppleで、それなのだから根強いファンが多い証拠である。
New York Times紙によると、Lalaが音楽レーベルと交わしているストリーミング配信のライセンス契約は譲渡不可能だそうだ。つまりAppleがiTunesのサービスにLalaのストリーミングを統合するならレーベルとの再交渉が必要になる。またFacebookやGoogleのミュージック検索で採用されるなど、成長著しいとはいえ、LalaにAppleの音楽事業を変えるほどの力はないとも指摘している。
では、なぜAppleはLalaの買収に乗り出したのか?
Appleが関心を持っているのはLalaのサービスやビジネスではなく、音楽好きに受け入れられているクラウド・ベースの音楽サービスを作り上げたスタッフだという。P.A. Semiのときと同じように、長期的プランに必要な人材を戦略的に獲得したというのがNew York Timesの見解だ。
この記事を読んでいて、先月のChrome OSの説明会での機能に関する議論を思い出した。始まりはChrome OSで画像編集や動画編集に対応できるかという質問だった。画像レタッチならオンライン版のPhotoshop.comという手があるが、Chrome OSパソコンはあくまでもインターネットを手軽に利用するためのデバイスであり、すでに高機能なパソコンを所有している人の2台目以降がターゲットになるというのがGoogleの回答だった。すると後ろの方から「ならば、むしろiTunesのような、ユーザーが日常的に利用している人気アプリケーションを利用できないのが問題になるのではないか……」という声が出てきた。これはWebブラウザ・ベースのOSに限らず、ネットブックのような非力なパソコンにも当てはまる問題だ。
iTunesが動作しないパソコンは役に立たないのか。しかしスマートフォン/ 多機能携帯を含めてインターネット・デバイスのユーザーが着実に増えているのも事実である。説明会場での議論は袋小路に入り込んだが、今回のAppleによるLala買収が事実だとすれば、むしろ答えはAppleの側から出てきたことになる。現状ではインターネット・デバイスに制限があるものの、それを克服するソリューションこそがチャンスなのである。