米国の携帯キャリアのトップ2、ベライゾン・ワイアレスとAT&Tが公共の電波を通じて本気でケンカしている。露骨な比較広告をぶつけ合う様子はかつてのコカコーラとペプシのようであり、表現がストレートすぎて提訴にまで発展した。ちなみにベライゾンは今年秋にAndroid携帯「DROID」を発売、AT&Tは米国で唯一iPhoneを扱っている通信キャリアだ。2社の対立はAndroid携帯 vs iPhoneのライバル関係にも飛び火しようとしている。

発端は10月末からベライゾンが展開し始めた「There is a "map" for that」というテレビCMキャンペーンだ。「どうしてベライゾン・ワイアレスでは3Gワイアレスがうまく機能するかって? マップを見れば一目瞭然だ(There is a "map" for that)」というナレーションの後に、ベライゾン・ユーザーの手元から全米が赤く染まったマップがポップアップする。さらにスカスカのAT&Tの3Gマップと並べて、ベライゾンの3G提供エリアはAT&Tの5倍であるとアピールしている。


このCMが流れていたときは、これよりも長いバージョンの方をよく見かけた。そちらでは最後の方でiPhone (AT&T)を使っている学生の手元からAT&Tのマップがポップアップし、3Gネットワークを利用できずに頭をかきむしるシーンが出てくる。

これに対してAT&Tは、ベライゾンの広告ではAT&Tユーザーがモバイルインターネットを利用できる範囲が極めて狭いような誤解につながるとしてアトランタ州の連邦地方裁判所に広告提供の差し止め命令を求めた。たしかにEDGEを含めれば、AT&Tのワイアレスサービス提供地域は広い。しかし担当判事はAT&Tの主張を認めず、同社の請求を退けた。

そこでAT&Tは消費者に直接訴えかける作戦に変更、以下のCMを投入してワイアレスデータサービスの提供地域の幅広さを主張した。



広告のなかでAT&Tは、ひと言も3Gと言っていない。EDGEを含めたワイアレスネットワークなのだ。ただ今日モバイルインターネットでユーザーが求めるのは3Gのスピードである。つながれば十分とも受け取れるAT&Tの主張は、特に3GとEDGEの違いを理解している消費者に微妙な印象を与えた。

一方ベライゾンは「There is a "map" for that」キャンペーンをさらに強化。以下のようなシーズン(以下は"NFLが終盤突入")を取り入れた広告まで投入し始めた。


テレビの画面の前でベライゾンのマップがポップアップすると邪魔だが、AT&Tのマップはスカスカすぎて邪魔にならない。「キミのは気にならないからいいよ」という最後の台詞は、ベライゾンがAT&Tをライバルに値しないと言っているように聞こえる。

形勢不利となったAT&Tは奥の手を出してきた。


「通話とWebサーフィンを同時に行えるネットワークは? "AT&T"。もっとも人気のあるスマートフォンを利用できるのは? "AT&T"。10万以上のモバイルアプリにアクセスできるのは? "AT&T"……」。米国でiPhoneを使えるのはAT&Tだけというわけだ。ただ通話とWebを同時に利用するには3Gアクセスが必要であり、これまでのAT&Tの広告を考え合わせると、矛盾した印象を受け取る側に与えてしまう。それに厳密には10万以上のモバイルアプリを支えているのはAT&TではなくAppleであり、なんだかAT&Tではなく、AppleのCMのように思えてしまう……。

最高のネットワークが通じなかったベライゾン

今日の米国の携帯電話市場は奇妙なバランスで保たれている。

3Gに限らず、ネットワークでベライゾンがAT&Tを上回っていることは、すでによく知られている。ベライゾンがマップを持ち出すまでもなく、米国の携帯ユーザーの多くは身をもって知っている。ならば、最も信頼できるネットワーク(ベライゾン)と最も人気の高い多機能携帯(iPhone)が結びつきそうなものだが、Appleが選んだのはAT&Tだった。

ベライゾンはネットワークの品質の高さを自負するあまり保守的だった。冒険を好まず堅実な手を打つため、iPhoneのような革新的なモバイル機器を受け入れなかった(AppleはAT&Tよりも先にベライゾンに話を持ちかけたと言われている)。その結果、「最高のネットワークと最低のスマートフォンのラインナップ」と揶揄されている。iPhoneはAT&T、Palm Preや初のAndroid携帯を投入したのはT-Mobile、そしてAmazonのKindleを支えているのはSprintである。ただ、そうした状況が変わってきているようだ。それが今回のAT&Tのあわてぶりに現れている。

3Gネットワークに劣っていても、ここ2年間のAT&TはiPhoneの力でベライゾン以上に新規契約者を獲得してきた。3Gネットワークの貧弱さの指摘にも、これまでは余裕で対応してきた。ところが保守的だったベライゾンが「DROID」やHTCの「DROID ERIS」、IONプラットフォーム搭載のネットブック「HP Mini 311」など、消費者にアピールするデバイスを積極的に提供し始めた。マーケティングもこれまでになくアグレッシブだ。加えて、ユーザーの変化にも危機感を感じていると思う。iPhoneの登場から2年以上が経過し、スマートフォン・ユーザーの間にモバイルWebが定着した。モバイルアプリの種類も増え、前々回に紹介したGoogle Maps NavigationのようなGPSナビまで登場している。音声よりもデータが多用されるようになるなか、突然マップが動かなくなるような体験が、改めてユーザーにネットワークの違いを考えさせている。

これはベライゾンを選べば解決するという問題ではなく、長期的にはユーザーがネットワークとデバイスをより自由に選択できる環境が望ましい。

"携帯電話を再定義する"のを目的とした初代iPhoneリリースでは、柔軟な考えを持ったAT&Tを独占キャリアとする契約に意義があった。ベライゾンを含む業界全体が動いた今となっては消費者の選択を制限するメリットは少ない。2010年にAppleとAT&Tの契約が切れる。来年は通信キャリアとデバイスメーカー、そしてユーザーとの関係が大きく変化する年になりそうだ。