地図サービスプラットフォームを開発・提供する米Placebaseを、Appleが買収したかもしれない……というニュースが話題になっていた。"かもしれない"というのは、Twitterの書き込みやLinkedInのプロフィールからの情報ばかりで、誰も事実を確認できていないのだ。Googleとの決別に向かうAppleとスタートアップの抜け道を探っていたPlacebaseが合意したという予想がある一方で、CEOとCTOがAppleに入っただけと見る向きもある。

個人的にはAppleによるPlacebase買収が事実ならば、同社が独立して運営されなくなったのは非常に残念だ。2008年のWhere 2.0(地図関連の技術カンファレンス)で、同社はその後の成長が期待されるスタートアップの1つだった。

Appleによる買収報道では「Googleとのパートナーシップの代わり」という見方が強く、そのためPlacebaseがGoogle Mapsと同じようなサービスと思われている。だが、PlacebaseはGoogle Mapsの不足点にきちんとフォーカスしており、同社が提供するPushpinはGoogle Mapsと共存して価値のあるプラットフォームだった。Appleユーザーの多くはGoogleのマップ技術の代わりが元スタートアップと聞いて不安になったと思う。だが、Google MapsとPlacebaseの違いに着目すれば、Appleがその技術やアイディアをどのように取り込んでいくか楽しみになる。

長期的視野に欠ける広告ベースの無料サービス

Placebaseは、企業や組織を対象に、顧客がオンライン地図アプリを構築できる有料プラットフォームを提供している。顧客が地図をカスタマイズし、データをコントロールできるのが特徴だ。Google MapsもAPIが公開されており、マッシュアップやデータの追加が可能である。そうした点では、ユーザーがコントロールできると言えるが、基盤となるデータ、アルゴリズム、データの収集や管理などのプロセスはがっちりと守られている。Placebaseは、アルゴリズムもプラットフォームの一部としてユーザーに提供している。

2008年のWhere 2.0で、Waldman氏は無料の地図サービスの限界を指摘していた。無料を武器にユーザーを集め、そこに広告を結びつければ、自然とローカル検索市場が主戦場となる。マッピングAPIの開発においても、短期的にマスユーザーの耳目を引く戦略が優先されるというのだ。「地図アプリはおいしいコーヒーが飲める店を見つけ出すだけでは十分ではない。さらに機能を深めるべき時に、その資金を費やして3Dやストリートビューなどの目立つ機能に力を注いでいる。奇妙だが、そんな方向に進まざるを得ないのだ」と同氏。

ではWaldman氏の言う地図アプリは進むべき方向はというと、PushpinはAPIを通じて、顧客がベースマップ、画像、ジオコードの上に、データレイヤーを重ねながらロケーションに関連するサービスを構築できるようにしている。顧客は、マップのデザインのカスタマイズ、データレイヤーの管理、公開されているローカルデータへのアクセス、データの視覚化などを実現可能だ。Pushpinをベースに構築された地図アプリは、見た目、利用できるデータや機能が様々で、まったく異なるマップに見える。Placebaseと同様のソリューションを提供するオープンソース・ベースのGISパッケージも存在する。だが、「それらの多くはWeb開発者が望むだけのスピード、柔軟性、アクセシビリティを提供できていない」とWaldman氏は指摘していた。

Pushpinを利用した「PolicyMap」。住宅価格の中央値を色分けして表示

FLASHベースの地球儀サービス「Poly 9 Free Earth」。ジオデータをPushpinから取得

Google MapsもPlacebaseほどの柔軟性やコントロールは提供できない。Webページに組み込まれ、マッシュアップされても、Google Mapsの見た目は常にGoogle Mapsである。ひと目で"Powered by Google"と判る。たとえば州や都市を色分けして表示したくても、そのような柔軟性は備えていない。また広告を差し込まれる可能性があるし、サポートの評判も芳しくない。場所を示す、場所とデータをシンプルに関連づける以上に、マップのカスタマイズ、マップ機能やデータのコントロールが必要ならば、有料ではあるものの、Placebaseの方が自由度が高い。

ここが面白いところで、Placebaseはアプリケーションとしてはプロプリエタリなものであり、有料サービスであるため顧客は限定的だ。Webサービスの定石では、無料でサービスを公開し、より多くのユーザーに利用してもらうことで、貴重なデータが集まり、それがサービスの向上につながる。ならば、Placebaseは鈍重なサービスに陥るはずである。ところがPlacebaseはサービスがオープンであり、鈍重な印象は受けない。安定性や信頼性、サポートなどのクローズドのメリットを備えた上で、自由度の高いしなやかなサービスに思える。Google Mapsに対するWaldman氏の批判にもうなずける部分があり、Googleの方が閉じられている印象すら受けてしまう。もちろんPlacebaseの方がGoogleよりもオープンであると言っているのではない。Placebaseの方が地図アプリを前進させられるのではないかと思わせるところがあり、従来とは異なった角度からオープンとクローズドについて考えさせられるのだ。おそらく2008年当時にPlacebaseを受け入れていた企業も、そこにPushpinの可能性を感じていたと思う。ただ残念ながら、その多くは景気低迷後に姿を消しており、Placebaseも下降線をたどることになった。

AppleによるPlacebase買収が事実だとしたら……という仮定の話をすると、Appleもまた、Googleがゆずらない部分、Googleのクローズドな部分に不満があるのではないだろうか。近年Mac OSやiPhone OSに密接に統合され始めたマップを自らデザインしたいだろうし、GISに関して独自の機能も付け加えたいだろう。ここ最近のAppleは、Geniusテクノロジに代表されるようにユーザーの利用データを収集し、それを利用体験に反映させるのに熱心である。たとえば同じようなタイプの音楽をかけるラジオ局でも、ニューヨークとサンフランシスコのローカル局ではかけるリストがずいぶんと異なる。そうした機能がiTunes DJに盛り込まれても不思議ではない。位置や距離は、ユーザーを知り、ユーザーのためのサービスを提供する上での貴重な情報であり、マップはユーザーとの間で情報をやり取りするインターフェイスになる。

AppleとGoogleとのパートナーシップの代役というのであれば、Waldman氏はジオチームに足りないピースではないように思う。ただAppleが、Waldman氏のはみ出すところを評価しているのだとしたら、それはちょっと面白い。同氏には2008年のWhere 2.0当時と同じような気概を持ったジオ機能やサービスの構築を期待したい。