契約していたケーブルTVサービス・プランを見直して、受信チャンネルを基本的なラインナップ近くまで絞り込んだ。100を超えるチャンネルがあってもほとんど見ないし、ドラマを見たければ少し待てばDVD化される。すぐに見たければ、iTunes Storeやストリーミング放送のHuluもある。見たい番組だけを入手したほうが効率的だし、時間の節約にもなる。いっそケーブルTVサービスを解約してもいいかな……という気持ちで、ケーブル会社に電話した。驚いたのは、その時のケーブル会社の対応だ。競争の少ないTVサービスのカスタマーサービスはお世辞にもほめられたものではなかったのだが、その時はとても親切で、とてもとても丁寧だった。さらに、こちらから値切り交渉もしていないのに、向こうから大幅な割引を提案してきたのだ。おかげで、それまでインターネットとTVサービスで月々130ドルを超えていたケーブル会社への支払いが半分以下に収まってしまった。

Nielsenによるとリーマンショック以降、米国ではかつてない規模でケーブルTVサービスがキャンセルされているという。GoogleのInsights for Searchで「cancel cable」を確認すると、たしかに08年末からケーブル解約を調べる人が急増している。ただし、ケーブル会社の悩みは景気後退だけではない。非営利団体Conference Boardが9月上旬に発表した消費者サーベイ結果によると、オンラインでのTV視聴が前年調査から20%も増加した。米国世帯の4軒に1つが利用している。このようにオンデマンド配信やダウンロード配信などの代わりが出てきたことも人々のケーブルTVサービス契約解除を後押ししている。だからケーブル会社は大幅割引を提供してでも引き留めに必死なのだろう。

逆の見方をすれば、この不況はネット産業にとってはTVと融合する大きなチャンスである。

人気ストリーミングサービスHuluがFacebookアプリ

ネットに目を向けているのは視聴者だけではない。Intelの開発者会議Intel Developer Conference(IDF)の最終日、「ネット+TV」をテーマとした基調講演のゲストにCBS MarketingのGeorge Schweitzer氏が登場。視聴者の興味が「番組を見る」から「ビデオコンテンツを管理する」に変わろうとしていると言い切った。これからは番組を提供する以上に、視聴者が目的のコンテンツに行き着くための"ナビゲーション"の提供が重要になると、CBSは考えているそうだ。スタートアップ経営者ではなく、3大ネットワークの1つの代表が、このような発言をするようになったのだから変われば変わるものである。

「テレビを見る」から「ビデオを管理する」に

これまで「ネット+TV」というとハードウエアとサービスはあっても、コンテンツホルダーがコンテンツ提供に慎重で、そのためビジネスモデルの見通しが立たずにエコシステムが広がらないという閉塞感があった。それが不況をきっかけにうまく歯車がかみ合いだしたような感じがする。

米国では先週にTVプログラムの秋シーズンが本格的にスタートした。これに合わせてHuluが「Watch Now Facebook App」をリリースした。Huluで視聴できるTVプログラムをFacebook上で共有し、再生しながら友だち同士でコメントを交換できるアプリだ。「Heroes」や「30 Rock」などの人気作品については、新シーズン第1話の特別視聴イベントが用意されており、Watch Now Facebook Appを通じて参加できる。TV番組を見るというよりも、番組をネタに話す場という雰囲気だが、番組情報や視聴体験の共有を通じて、番組に対する興味はTVで接する以上に深まる。

秋シーズンのプレミア番組をFacebookで視聴、Huluの「Watch Now Facebook App」

HuluにはNBC、FOX、ABCが番組コンテンツを提供している。IDFに登場したCBSも加えると米大手ネットワークのすべてがネットとTVの融合に乗り出したことになる。

今後の課題はビジネスモデルだ。ここ数年、米国のTV産業は高品質な番組コンテンツの提供を通じて視聴者を引きとめてきた。最初はサブスクリプション収入のあるケーブルの映画専門局が、脚本の充実したドラマを自ら制作し、独占的に放送することで契約者増につなげた。これに対抗するようにネットワーク局向けのドラマ制作会社も、DVD販売からの収入までも計算にいれて、従来とはレベルの異なる映画顔負けのドラマを作り始めた。視聴者にとってはうれしい限りである。

だが、ケーブルのプレミアサービスの解約者が増え、ネットワーク局の広告収入も減少している現在、それらを埋め合わせる新たな収入源を見いださなければ、贅沢な番組づくりは維持できない。大手ネットワークがソーシャル機能に目を向け始めた背景には厳しい台所事情がある。

理由はどうあれ、視聴者の立場から言えば、こうしてネットとTVが結びつき始めてから、TVを見るという行為ががぜん面白くなっている。楽観的に考えれば、視聴者の声が直接的に届くから、つまらない番組が淘汰され、面白い番組がより多くの人に見られるはずである。そうしたつながりが広告にも反映され、そこから優れた番組を制作し続けるのに十分な収入がもたらされれば理想的な展開だ。果たして、来年春シーズンのプレミアラインナップはどのようなものになるだろうか。