少し古い話になるが、昨年12月にハワイのカウアイ島で洪水によってポリハレ州立公園に続く道路が損傷し、同公園が閉鎖されてしまった。州による修復費の見積もりは400万ドル(約3億8,000万円)。だが昨年からの景気低迷の影響もあり、今年の春・夏の観光シーズン前どころか、年内でも州の予算が下りる見通しが立たなかった。
観光業に頼る地元ビジネスにとって、同公園の閉鎖は死活問題である。州が動くのを待っていては自分たちが倒れてしまうと、今年3月に地元ビジネスが音頭をとって住民たちが機材や資材、そして技術を持ち寄って自分たちで修復工事を開始した。その結果わずか"8日間"で公園へのアクセスが回復した。工事期間よりも、その後の州による認可待ちの時間の方が長かったぐらいだ。
ボランティアをコーディネートした地元サーファーのBruce Pleas氏は、CNNの取材に対して「(やってみたら)びっくりするほど短時間で問題が解決してしまった」と答えている。「州や連邦政府がやってくれるのをじっと待つのが普通だが、自分たちでできることに自分たちで取り組むという選択肢もある。われわれは待てなかった」という。今年2月のカウアイ島の失業率は9.1%。前年同月の2.8%から3倍以上に膨らんでいた。
力を集めれば、自分たちでも8日間で完了できる。公園へのアクセスが回復すれば、今年の春・夏シーズン前に観光客からの収入が回復する。ならば、やるしかないと思うだろう。しかし追いつめられるまでカウアイ島の人たちも、まさか自分たちで道路を修復できるとは思っていなかった。政府でなければこなせない仕事であり、自分たちでは到底無理という思いに囚われていた。
自分たちで工事を完了させたのもスゴいが、それ以上にボランティアによる道路修復に住民が一致団結したのに拍手を送りたい。
プラットフォームとしての政府
オバマ政権誕生以来、Tim O'Reilly氏が「Government 2.0」を提唱している。これはテクノロジ産業におけるオープンソースとWeb 2.0の経験を政治に反映させたものだ。「自分たちでやれることはやる。それをサポートする情報とツールを政府は提供してくれ」という考え方だ。何もせずに待つのではなく、カウアイ島の住民のように、国民がそれぞれ自分たちから行動する環境作りである。
ペンシルバニア大学Fels Institute of Governmentの政治学者Donald Kettl氏は、米国を含む多くの政府の形を「自動販売機モデル」と表現している。国民が税金という形で自動販売機にお金を入れると、橋や道路、学校、病院などの最終製品が出てくる。国民はお金を入れたらボタンを押して、じっと待つのみ。最終製品が出てくるまで国民はほとんど関わらない。お金を払ったのに、うまく製品が出てこないことがあるかもしれない(米国のお菓子の自販機ではよくある)。そうなると、国民は自販機を揺すったり蹴ったりするしかない(不平不満、文句を言う)。また自動販売機に入れられる製品のスペースには限りがあるから、いくつかの大手ベンダーの製品に独占されてしまうのが常だ。
国民が待つだけの自販機モデルでは、カウアイ島の道路修復も数年を要してしまう。住民が行動すれば8日間なのだ。カウアイ島の住民は少ない情報の中で行動を起こしたが、住民が力を合わせると8日間で完了できるという事実、さらに道路修復後の収益見通しなどの情報があれば行動の第一歩をふみ出しやすい。
開かれた政府(Open Government)を掲げるオバマ政権は、政府データが国民の資産であるという考えから、透明かつオープンにデータを公開し、幅広い共有・コラボレーションの実現を目指している。今年5月に連邦政府の様々な機関が扱うデータを未加工のまま公開する「DATA.gov」を開設した。政府支出についても「USASpending.gov」で公開している。
これまで閉ざされたデータに誰もがアクセスできるようになるというのは、5、6年前のWebの状況に似ている。公開されているデータをすべてのネットユーザーが利用できる形に加工し、さらにサービスとサービスのマッシュアップから新たなソリューションが生み出されていたのが、いわゆるWeb 2.0の始まりだった。そこからコラボレーションが活発化した。Government 2.0も同じだ。公開データを通じて国民が国の状況を理解すれば、国民が政府に直接、意見や提案を述べられるようになる。また国民が自分たちができることを把握でき、それが行動へとつながる。その第一歩となるようにSunlight Labsが、DATA.govの開設に合わせて「Apps for America 2」を始めた。これはDATA.govのデータを国民が活用できる形に加工するアプリケーションの開発コンテストである。
今年7月のOSCONにおいて、米政府に向けてオープンソース技術の利用拡大を促す組織「Open Source for America」の設立が発表された。AMD、Google、Novell、Oracle、Red Hat、Sun Microsystemsなどの企業や、GNOME Foundation、Linux Foundation、Open Source Initiativeオープンソース関連団体、さらに教育機関など70以上の組織が参加している。政府に対するオープンソースの啓蒙には様々な狙いがあるが、そのひとつにオープンソース技術の浸透により、小さなベンダーでも政府プロジェクトに貢献できるようになるという期待がある。いくつかの大手ベンダーで占められる自動販売機をこじ開けるものだ。
Government 2.0における政府の役割は「行動を支援する"プラットフォーム"である」とO'Reilly氏。過去のパソコンやWebの成功例、昨今のiPhoneに見られるように、優れたプラットフォームはサードパーティが規模の大小を問わずに自由に参加できるフレームワークを備える。その結果、エコシステム全体が成長していく。プラットフォームとしての政府が成功する条件も同じだという。
Government 2.0の今後は、キラーアプリまたはキラーサービスと呼べるような分かりやすいソリューションが登場するかどうかだろう。現時点では自動販売機モデルからの脱却の必要性には多くが同意しているものの、共同アプローチについては様々な意見があり、Government 2.0になると懐疑的な見方がさらに多くなる。オバマ政権の開かれた政府も、現時点ではまだまだ見通しがよくない。いち住民としてはどちらかというと、400万ドルのコストを前に途方にくれるカウアイ島住民の気分に近い。ただGovernment 2.0の提唱者の登場やOpen Source for America設立などは、そうした新しい動き自体がオバマ政権下での変化の現れと言える。
大統領選におけるオバマ人気は、同氏の大統領就任によってすべてがガラリと変わるような幻想を国民に抱かせるものだった。ソリューションを必要とする問題が山積みの中での政権交代。非常に厳しい状況での船出から7カ月を経て、こうして国民の行動を促すアプローチが着実に芽生えているのは評価に値する。