雑誌ばなれに不景気が重なって、米国の音楽専門誌が軒並み急失速している。Rolling Stone、Spin、Vibe、Blenderのビッグ4のうち、4月にBlender、6月にVibeが廃刊になってしまった。特にクインシー・ジョーンズが設立したVibeは、R&B/ヒップホップ専門という明確なターゲティングに加えて内容も評価されていたため、その撤退の衝撃は音楽業界全体に及んだ。原因はVibeの武器であったターゲティングが、逆に災いしたと見られている。同誌の主な読者層である20代以下はすでに、ネットが当たり前の世代になり、有料の雑誌から音楽情報を得ようとは考えない。Vibeが考える以上に読者層と雑誌のギャップが広がっていた(オンライン版は継続する模様)。こうした傾向は、より高い年齢層に今後ひろがっていくだろう。このままでは、数年後にビッグ4すべてが消えてしまっても不思議ではない。

7月22日にBillboardがBillboard.comを刷新した。同誌も発行部数の減少に歯止めがかからず、広告収入の規模はまだ小さいものの着実に増加しているWeb版に軸足を移動させた。

新しいBillboard.comでは、一部をのぞいて有料だったチャート(Hot 100、Billboard 200)に無料アクセスできるようになった。最新チャートだけではなく、50年代にまでさかのぼって検索可能だ。このチャートがサービス全般にフィーチャーされており、例えば「Soundtrack Of My Life」では誕生日や高校を卒業した日などユーザーの節目の日に1位だった曲を集めてくれる。The Visualizerという特定のアーティストのキャリアにわたるアルバムセールスを視覚化して表示する機能もある。このほかLala.comとの提携により、Billboard.com全体から700万曲以上のストリーミング再生/ 購入/ 共有が可能になっている。

Billboard.comのHot 100リスト

Billboardの武器である長い歴史を備えたチャートデータを無料開放し、より多くの利用者をより長く過ごさせて広告収入の増加を狙う。これからの音楽ファンに対応した戦略だと思う。Razorfishが担当したというサイト・デザインも、スーパーで売られているBillboard誌の雰囲気をうまく残している。Billboardは打つべき手を打ったと評価したい。

ただしBillboardの読者層はMySpaceやImeemの世代ではない。20代以下は、むしろBillboardを毛嫌いする。Vibeとは逆に、同誌の場合は40代以上であろうBillboard世代にネットコミュニティへ参加してもらうのに苦労しそうだ。

ネット時代の音楽ファンに支持されるPitchfork

20代以下の情報源となっているWeb上の音楽媒体では、ファン・コミュニティの広がりが新たな音楽ムーブメントを生み出している。

7月17日-19日にシカゴでPitchfork Music Festivalという音楽フェスティバルが開催された。今年で4回目で、入場者数は約49,000人。大して多くないと思うかもしれないが、シカゴではもっとも盛り上がる音楽フェスティバルとして定着している。しかもスタジアム級のアーティストは皆無で、全米的には無名のアーティストばかり。出演リストの面々を考えると、この数字は大成功と言えるのではないだろうか。

同フェスティバルの主催者はPitchfork.comを運営するPitchfork Mediaだ。見ていただければ分かる通り、Pitchforkは音楽産業の中ではメインストリームから外れたアーティストばかりを紹介している。1996年にレコードショップの店員だったRyan Schreiber氏(当時19歳)がシカゴで設立。知る人ぞ知るカルトミュージシャン好きが高じて、実家の地下室で始めたサイトだった。極めてニッチだったが、それゆえにインディ音楽の貴重なレビューや情報を交換できる場として成長し、今日では17人のスタッフによって運営されている。広告も順調に増加し、音楽フェスティバルのほか、オーディオストリーミングや動画番組などにもサービスの幅を拡げている。

ミリオンセラーの減少から音楽産業が衰退しているという指摘もあるが、Pitchforkのような場所でこれまでメジャーレーベルが見向きもしなかった数多くのアーティストにスポットライトが当てられている。Pitchforkの躍進は、BillboardにBillboard.comへのシフトを決断させたきっかけのひとつにもなった。

Next Big Soundが用意しているPitchforkのベストニュートラックの比較データ

8月8日にはNext Big Sound(NBS)が新サービスをローンチさせた。ベンチャー企業のインキュベーターTechStarsが2009年にサポートする10社(申し込みは527社だった)のひとつだ。起業家講義でクラスメートだった大学生4人組が課題から始めたサービスで、こちらも運営者は非常に若い。それゆえに面白い音楽サービスになっている。

内容は、特定のミュージシャンに対する音楽ファンのネットおけるインタラクションのデータ表示だ。アーティスト名を入れて「Get Artist Stats」をクリックすると、MySpaceとLast.fmでの再生回数、FacebookやiLikeを含めたファン数、MySpaceでのプロフィール・ページのアクセス数、コメント数などの推移を示すグラフが現れる。複数のアーティストの比較も可能。また特定のアーティストの統計を定期的に送ってもらうサービスも用意されている。

まだまだデータが少なく実用的と言えるレベルではないが、アーティストに対するファンの動きを確認できる面白いサービスだ。「ラジオや従来のメディアを通じた売り込みなど、古い方程式はもう通用しない。これからの音楽産業における成功はファンとの直接的な関わりがベースになる」とNBSは主張している。

たしかに今やPitchforkのレビューで高ポイントを獲得したアルバムがBillboard 200入りしたりする。ネットコミュニティにおける音楽ファンの動きが、メインストリームのチャートにも影響を及ぼすような力を備えつつあるのを認めざるを得ない状況だ。