7月30日(米国時間)に、Google BooksのエンジニアリングディレクターDan Clancy氏がコンピュータ歴史博物館でトークイベントに参加し、同サービスをデジタル書籍の配信プラットフォームとして強化するビジョンを明らかにした。出版社とのパートナー関係を築き、街の本屋をサポートする存在になる……という。

Google Booksでは著作権の保護期間が満了した書籍が公開されているほか、2008年の米作家協会 (Authors Guild)と米出版社協会 (AAP: Association of American Publishers : AAP)との和解に従った絶版の書籍へのアクセスも可能になる見通しだ(裁判所の承認待ち)。手に入りにくくなった書物をデジタル化して残す電子図書館というのが同サービスの現在の役割と言える。だが、これらにとどまらず同社は新しい本を含めてデジタル書籍の世界をどのように拡げていくべきかを検討しているという。

BayNewserによるとトークイベントの中でClancy氏は、Googleが果たすべき役割として以下の3つを挙げた。

まず、めったに取り出さない本は本棚では邪魔な存在でしかないが、しまい込んでしまうと必要な時に探す出すのに苦労する。クラウドで蔵書を保管・管理すれば、そんな悩みが解決する。ただしクラウドは、セキュリティに優れ、常にサービスが提供される信頼できる場所でなければならない (つまりGoogleで……と言いたい)。

2つめは本屋とデジタル書籍の関係。今日の書籍のエコシステムでは本屋が重要な役割を担っている。本を手に取って内容をチェックしたり、立ち読みできるユーザー体験が、オンラインストアにはないメリットと考えられている。だがClancy氏は「実体のあるものがオフラインで、デジタルはオンライン」というようにきっちりと線引きするのは危険であるとしている。長い目で考えれば、デジタル化される書物が少しずつ増えていく。そのような中で、実体のある本を扱うのが本屋の役目と考える余り、街の本屋がデジタル書籍を敵視しては、今日の本屋のビジネスモデルは先細りしてしまう。ブリック&モルタルの本屋も、デジタル書籍という新しい形の本を商品とするアイディアを出していくべきというわけだ。Google Booksでは、どのような規模の本屋でもGoogle版のデジタル書籍を扱えるようにするパートナープログラムを検討しているという。

3つめはクロスデバイスの実現だ。パソコン、ネットブック/ミニノート、携帯電話、Eブックリーダーなど、どのようなデバイスでも読めるオープンな電子ブック形式の普及を目指す。

くすぶる議論に油を注いだGoogle

Googleが、既存ビジネスに対抗するようなデジタル書籍配信に意欲を見せたという点で非常に興味深いコメントである。たしかに大規模な書籍配信を効率的に担えるサービスは限られる。Googleの自薦にもうなずかざるを得ないところだが、Googleが本棚の役割に乗り出せば、同社への依存やユーザー情報の集中を危ぶむ声は避けられないだろう。

今年の春にSteve Jobs氏のAmazonアカウントに侵入したという人物が、購買履歴などの情報を売りに出したのが大きな話題になった。実際に売買されれば、大金が動くと言われた。読書や本を購入した記録からはユーザーのプライバシーが浮き彫りになる。非常にセンシティブな情報である。

米国時間の7月23日にはアメリカ自由人権協会 (ACLU)や電子フロンティア財団 (EFF)などが、Google Booksにより強固なプライバシー保護を求める書簡をGoogleに送りつけ、Clancy氏が公式ブログを通じてプライバシーポリシーを説明する騒動があったばかり。Authors GuildとAAPとの和解問題の議論も、まだまだくすぶっている。このようなタイミングで、Googleはなぜ火に油を注ぐようなビジョンを示し始めたのだろうか?

敵の敵が今だけは心強い味方

米国時間の7月20に米書店大手のBarnes & Nobleがデジタル書籍ストア「Barnes & Noble eBookstore」を開設した。iPhone/ iPod touch、BlackBerry、そしてPCとMac用のリーダーソフトが用意されている。来年前半にはPlastic Logic製リーダー端末が登場する予定だ。こうしたデバイスを選ばない柔軟性に加えて、同ストアはGoogle Booksのパブリックドメインの書籍をサポートするオープンさも兼ね備える。

Barnes & Noble eBookstore。様々なデバイスで読める「Any Time. Any Place.」をアピール

Plastic Logicが開発中のリーダー端末。Barnes & Nobleは来年前半に投入予定

Barnes & Nobleに対抗するように、米国SonyもSony Readerに最適化されたGoogle Booksのパブリックドメインの書籍が100万冊を超えたと7月29日に発表した。現在米国ではSony Readerの上位モデルPRS-700が品切れ状態で、夏の新モデル投入とサービス強化が噂になっている。

このように米国ではAmazonがクローズドなKindleで独走したおかげで、ここに来てライバルがオープンさのアピールで一致団結している。実際、それが魅力ある提案になっている。個人的には何度もKindleに手を出しそうになったが、パソコンで読めないのがネックであり続けた。いま自分がデジタル書籍を購入するならば、迷わずにリーダーの選択肢が幅広いBarnes & Nobleを選ぶ。

街の本屋にとっては、Barnes & NobleやSonyのeBook Storeも脅威に過ぎない。しかしながら両社がオープンさを打ち出し、無料で読めるGoogle Books対応を武器にしている今、Googleのシンジケーションによる街の本屋のデジタル書籍販売サポートやクロスデバイスの実現に異を唱えにくい状況である。

ただし敵の敵が味方であるのは、Amazonが共通の敵として存在する間だけ。オープンなデジタル書籍が反Amazonの対抗軸になっている今は、追い風にのせてGoogle Booksの新たなビジョンを示せる絶妙なタイミングなのだ。