米Betanewsによると、6月に米国で発売された1,000ドル(約95,000円)以上のパソコンの91%がMacだった (NPD Group調査)。これはMacBook Proシリーズの刷新による一時的な増加ではなく、5月も88%だったという。

9割とは凄まじい数字だが、だからといってPCを凌駕するような勢いでMacがシェアを伸ばしているわけではない。Gartner調査によると、パソコン市場全体におけるMacの第2四半期のシェア推測は8.7%である。NPDの調査結果はMacが1,000ドル以上のパソコン市場を奪い取ったというよりも、PC市場の大部分が1,000ドル以下の価格帯に下がったと見るべきなのだろう。ちなみにPCの6月の平均小売り価格は701ドル (デスクトップ:609ドル、ノートPC:703ドル)だ。数年前まで1,000ドル以下のPCが価格破壊と言われていたが、今や1,000ドル以下でゲーマー向けを謳う製品もある。1,000ドル以上が"プレミアム"価格帯に変わり、そこにMacはとどまり続けている。BetanewsはMac側からの視点で報じているが、むしろこれはPC産業の変化という点で重要なニュースに思える。

チープが素晴らしい時代に

先週、サンノゼでオープンソース・カンファレンス「OSCON」が開催された。最終日の基調講演に登壇したLinux FoundationのJim Zemlin氏いわく「PC産業のエコノミーが今、大きく変わろうとしている」。

Linux FoundationのエグゼクティブディレクタJim Zemlin氏

その動きの中心はコンバージェンスの進捗だ。携帯電話はPCのような機能を備え、PCは多機能携帯に近づいている。コンバージェンスを促しているのはモバイルインターネットである。iPhoneやAndroidフォンのようなPCとの垣根を曖昧にする携帯電話が現れ、逆にPCではネット利用に絞り込みながらもスマートフォンや多機能携帯では補えない機能を備えたミニノートやネットブックが人気である。

PC側からコンバージェンスを見ると、課題は価格と常にネットに接続できるコネクティビティだ。ネットに接続するためだけの端末が1,000ドル超では消費者にアピールしないが、ネットブックの登場によって多機能携帯との価格差は曖昧なものになった。加えてコネクティビティも解決できるネットワーク事業者が、3Gサービス契約とのバンドルでネットブックを大幅に割り引いて提供するプログラムを投入し始めた。

米AT&Tはアトランタとフィラデルフィアで試験的に行った奨励金付きのネットブック販売プログラムが好評だったため全米にプログラムを広げる

コンバージェンスと低価格化によってPC産業が新たな段階へと進めば、PCからの儲け方も変わってくる。サービスへの入り口として極めて安い価格または無料でネットブックをばらまき、サービスで儲けようとする前述の例は、かつて携帯電話市場においてユーザーの底辺を一気に広げたマーケティング手法である。Zemlin氏はまた、AppleのApp StoreやAndroid Marketのようなアプリストアも、PC産業の各プレイヤーに新たな売上げをもたらすものになると見る。「MicrosoftがWindowsプラットフォームの使用料として、Adobeなどからソフトウエア販売の数パーセントを徴収すると発表したら大ニュースになるが、実際にそれが行われているのがAppストアである」と同氏。

しかしながら、現在のPC産業のビジネス形態では、OSを持たないデバイスメーカーはOSメーカーとの関係に閉ざされてしまう。新しいPC産業のエコノミーでは価格と柔軟性が重要であり、その要求に「Linuxは完璧に応えられる」とZemlin氏。Linuxを採用することでデバイスメーカーは自身でOSをコントロールでき、その気になれば独自のアプリストアの構築も可能になる。同様のシナリオはネットワーク事業者も思い描いているという。

現在のPC産業のビジネス形態

サービスやアプリストアからなど収入の可能性が広がるコンバージェンス後のビジネス形態

コンバージェンス後もMicrosoftのエコノミーではデバイスメーカーの可能性は狭まる

Linuxによって、その可能性が大きく広がるとZemlin氏

とは言え、ネットブックの立ち上げ時期を除いてほとんど市場を広げられなかったLinuxデスクトップに消費者が見向きするだろうか?

消費者も変化している例としてZemlin氏は、2四半期連続の減収減益となったMicrosoftの4-6月期決算を挙げた。同社がPC市場の不振を指摘したのに対して、CPUメーカーの米Intelは逆に同時期の決算発表でPC市場の回復を明言した。この対称的な見通しの原因はPCの低価格化への対応の違いにある。コンバージェンスの流れに乗ろうとしないMicrosoftは低価格化への圧力に押しつぶされていると同氏。一方、戦略的に低価格帯向けCPUのAtomを準備してきたIntelは、同CPUでもきちんと利益を確保できており、コンバージェンスの流れの中でPC市場の伸びを見通せている。

ひと昔前はカンファレンスでLinuxのメリットをチープ(cheap)という言葉で説明するのは禁句だったそうだ。価格と同様に中身もチープと見なされるのを恐れた。だが今は「チープは素晴らしい」と声を大にして言えるという。こうしたPC産業の新エコノミーは、モバイルにとどまらず、ネット利用がPC利用へと変化する中でPC市場全体に拡がっていくとZemlin氏。

低価格化で携帯電話のようにモバイルPCが増加

iPhone 3Gが発売された直後ごろに、米国で同端末が比較的所得の低い層にも浸透しているという報道が見られた。パソコンを購入してネット接続サービスを契約し、そのほかに携帯電話を所有するならば、2年契約で199ドルのiPhone 3Gにまとめた方が割安だからだという。

「ソフトウエアだけでなく、ハードウエアもフリーになる」というZemlin氏の予測は、Linux Foundationのディレクターという同氏の立場が色濃く反映されているという印象を受けた。だが、PC産業のエコノミーが変化しているという指摘は的を射ていると思う。柔軟性をメリットとするLinuxと逆のケースになるが、Appleの場合はOS/ソフトウエア、ハードウエア、サービスの全てを自前でコントロールすることで、Zemlin氏の言うコンバージェンス後に近いビジネス形態をいち早く実現している。ただしApple製品の限られた世界で、かつプレミア価格帯になってしまう。それでも今日のような経済状況の中で、一部の消費者に根付きじわじわとシェアを拡げているのだから、これは新たなエコノミーが認められている証左と言える。

前回、前々回とフリーエコノミクスを取り上げてきたが、ポイントはフリーがマスに浸透する力を持ち、それが市場の活性化や新たな市場創出につながることだ。1,000ドル以下のPCしか売れていないというと、PCがチープな産業になったように思えるが、Zimlin氏の言うように今や「チープは素晴らしい」のだ。コンバージェンスを伴うPCの平均価格の下落によって、モバイルインターネットの世界は格段に大きくなり、そしてモバイルPCが急成長期の携帯電話のように広く一般に浸透していく可能性を秘める。この市場の変化はISVやデバイスメーカー、ネットワーク事業者のみならず、コンテンツやサービスを提供するネット産業にも影響が及ぶ。