欧米のiTunes Storeで、0.60ドル/ 0.99ドル/ 1.29ドルの3段階の価格による音楽販売が始まった。

1月のMacworld Expoで新価格体系が発表された時の会場の反応は明らかにとまどい気味だった。それまで度々iTunes Storeの一律0.99ドルを不満に思うレーベル側の値上げ要求が報じられていたところに、レーベルが価格を選択できる新価格体系である。レーベルの影響力が増すなら、消費者にとって望ましくない変化になりそうだ。ところがキーノートスピーカーのPhil Schiller氏は、1.29ドルで販売される曲よりも多くが値下げされると主張した。デジタル音楽が値上がりするのか、値下がりするのか? フタを開けてみなければ分からない状態のまま、4月の価格改定を迎えた。

7年目を迎えたiTunes Storeが価格改定

米iTunes Storeをのぞいてみると大半の楽曲は従来と同じ0.99ドル、そしてオールディーズと呼べそうな曲やアルバムの中の地味な曲が0.69ドルに値下げされている。1.29ドルで販売されているのは最新ヒット曲や話題曲など。13日時点のトップ100ソングスの中で1.29ドルは43曲、残りは0.99ドルという状態だ。

価格改定直前に、オンライン音楽配信はロングテールを特長とするため1.29ドルで販売される曲の10倍以上が0.69ドルになるという予想記事を読んだ。しかし現時点で0.69ドルの曲がそれほど多いようには思えない。普通にブラウズしていると新しい曲を中心にチェックしてしまうため、むしろ1.29ドルの曲の方が多く思えるぐらいだ。しかしながら大半の曲は0.99ドルであり、従来のDRM付き楽曲と同じ価格のまま256kbps DRMフリー化されたのだから、実質的には大幅値下げと言える。

ただ新価格体系に対する見方は様々で、柔軟性を歓迎する声があれば、音楽レーベル側が価格を設定できることから「レーベルに屈したか!」という批判も見られる。たしかに一律0.99ドルと違って、価格をコントロールすることでレーベルは製品(楽曲)からの収益を最大限化できる。そのうちヒット曲や話題作が、どれも1.29ドルという状態に陥る可能性もある。ただ、変動する価格を武器にできるのは消費者も同じだ。レーベル側が売れる曲を高く設定できるのと同様に、消費者も高すぎると思う曲は買わずに値下げを求めればいいのだ。実際すでに1.29ドルで販売されている楽曲には厳しい目が向けられている。Billboardによると、新価格導入直後にトップ100の楽曲の中で1.29ドルの曲は平均で5.3ポイント順位を落とし、0.99ドルの曲は2.5ポイント順位を上げた。「あんな曲が1.29ドル……」と方々で話題になるぐらいなら、レーベルとしては早めに0.99ドルで販売した方が得策である。

ペーパーバックよりも高いKindleブック!?

最近、米Amazon.comで販売されているKindle用電子ブックの一部に「9 99boycott」というタグが付けられるようになった。10ドル以上で販売されているKindleブックが対象で、タグ名が示す通り、高すぎるKindleブックの購入をボイコットしようという運動に用いられている。

9 99boycottタグが付けられたKindleブックの一覧画面

Kindleブックは多くが9.99ドル以下で販売されているものの、価格設定は出版社次第。10ドル以上で販売されている作品も多く、中にはペーパーバックよりも高いKindleブックもある。電子ブックは紙を使わず、印刷代や輸送費もかからない。またDRM保護されたKindleブックは図書館に寄付したり、古本として転売したりできないため、消費者にとっての価値はペーパーバックよりも低い。以上の点から「Kindleブックの適正価格は9.99ドル以下、ペーパーバックよりも高いなんてあり得ない」と感じたKindleユーザーが、高すぎるKindleブックに9 99boycottのタグ付けを始めた。適正価格に値下げされたらタグを削除する。この運動はまたたく間に広がっており、1週間前には250人程度だった協力者が、13日時点で573人に増えている。実際Harlan Cobenの「Long Lost」のようにタグ付けされてから9.99ドルに値下げされた例も出てきている。

Kindleユーザーは即ちAmazonユーザーだけに、Amazon上での9 99boycottの効果は大きい。そのため9 99boycottを危ぶむ声もある。今は消費者が適正価格を求める運動に収まっているが、書籍の内容に関わらず10ドル以上のKindleブックを否定するような動きになると良書が駆逐される可能性もあり逆効果である。9.99ドルがマジックナンバーとは限らないのだ。価格にこだわる9 99boycottには協力せずに、Kindleフォーマットの電子ブックをよりオープンにするための運動に努めるべきと訴えるメンバーもいる。そんな議論があるものの、適正価格を求める声が何よりも重んじられているのが現状だ。

話をiTunes Storeに戻すと、レーベル側はiPhone/ iPod touchでの直接購入とDRMフリーを飲む代わりに、Appleに3段階の価格設定を認めさせたと言われている。どちらかと言えばAppleが譲歩したという見方の方が目立つ。だがレーベル側がAppleとの交渉を制したとしても、はたして9 99boycottタグのようなオンラインならではの消費者運動も想定して変動式価格を求めただろうか。

しばらくはサービス互換の実現と共に、オンライン配信の適正価格を探る期間が続くだろう。そこに消費者も絡めるのが今日のオンラインストアの面白いところである。ムダな出費を嫌う消費者に対して、コンテンツ提供側は収益の最大限化に努める。この間でウイン-ウイン状態を実現するには、消費者を満足させる優れたコンテンツをパブリッシャー側が提供するしかない。このようなバランスが生まれるのであれば、iTunes Storeの変動価格への移行は大きな意味を持つ。