金融サミットで英国を訪問したオバマ米大統領がエリザベス英女王に音楽40曲入りのiPodをプレゼントした。この贈り物を報道機関が大々的に取り上げたのには、ちょっとした理由がある。
発端は3月初めにブラウン英首相が訪米した際のプレゼントのやり取りにさかのぼる。ブラウン首相は奴隷制度と戦った英軍帆船HMS Gannet号に使われていた木材から作ったペンホルダーをオバマ大統領にプレゼントした。ホワイトハウスの執務机には、姉妹船HMS Resolute号の材木が使われている。黒人初の米大統領となったオバマ氏に敬意を表して考え抜いた贈呈品だった。問題は返礼の品だ。ブラウン首相が特に映画好きというわけでもないのに、なぜか映画DVD25枚。タイトルを見ても、ブラウン首相のために選び抜いたセットとは思えない。また、英国のサラ・ブラウン夫人がオバマ大統領の娘たちに英国デザイナーの手によるドレスと英国作家の絵本をプレゼントしたのに対して、ミッシェル・オバマ夫人からブラウン首相の子供たちへの贈り物は大統領専用ヘリコプターであるMarine Oneのおもちゃ……。あまりに素っ気ないオバマ大統領側からの返礼の品々は礼儀に欠けると批判され、「これはブラウン首相と距離を置くための外交戦術ではないか?」という声まで出てくる始末。かくして米大統領のプレゼントは、我が国の首相の夕食メニューのように注目され始めたのだ。
さて、エリザベス女王への贈呈品セレクションは様々な角度からの批評を受けているが、中でも面白いのが米非営利団体の電子フロンティア団体(Electronic Frontier Foundation : EFF)のFred von Lohmann弁護士のコメントだ。「"40曲入り"iPodのプレゼントは著作権侵害かもしれない」と指摘している。
音楽入りiPodのプレゼントはクールだが……
正規に購入した曲をiPodに入れてプレゼントするのは、購入したCDをプレゼントするのと何ら変わらない行為に思える。おそらくオバマ大統領も、そのように思っているのではないだろうか。
基本的に米国の著作権法では「First Saleの原則」が適用される。CDや書籍、DVDなどを購入したら、購入者に所有権が発生し、著作権保有者の許可を得なくても貸したり譲渡できる。二次ビジネスが広がり始めたことから、レーベル側は「private use only、not for broadcast」などの条件を付け加えて歯止めをかけるようになったが、それでもFirst Sale原則下では購入者が購入物を自由にプレゼントする権利が認められる。
ところがオンライン配信の普及と共に、このFirst Saleの原則が揺らぎ始め、その点が長く議論になっている。デジタルファイルは複製を作りやすく、大規模に配布しやすい。CDやDVDのように自由にプレゼントできるようにすると、不正行為に利用されかねない。そのためオンラインストアでは様々な条件を付け加えて、著作権保有者の意に沿わない利用方法を禁じているケースが多い。購入者が所有するのではなく、著作権保有者から使用ライセンスを得るような形になる。
例えばAmazon MP3のサービス規約は、購入したコンテンツの再配布をはっきりと禁止している。もしオバマ大統領がエリザベス女王に贈った40曲がAmazon MP3から購入したファイルだと、プレゼントは規約違反になる可能性が高い。iTunes Storeの場合はグレイだ。解釈によってはライセンス型のようであるし、同サービスがFirst Saleの原則に沿っているようにも読める。ただ仮にiTunes StoreにFirst Saleの原則を当てはめたとしても、iTunesのサービス規約には「only for personal, noncommercial use」という一文があるため、外交プレゼントには大きな疑問符が付く。サービス利用規約違反が問われれば、Amazon MP3ならば著作権保有者から訴えられかねないし、iTunes Storeでも可能性を完全に否定できないとLohmann氏は考える。
もちろんオバマ大統領のスタッフが、どのように購入した音楽をiPodを入れたのかは分からない。フェアユースの範囲でかたづけられそうな問題である。それでも転送したPCにオリジナルファイルが収められている可能性があるというツッコミは避けられないだろう。大統領側が著作権問題へ慎重に対処すれば、音楽CDを付けてiPodをプレゼントしたとアピールすべきだった。でも、それではプレゼントのクールさが半減である……。
Lohmann氏はオバマ大統領の直権侵害行為の可能性を糾弾しているのではない。EFFは消費者が購入したコンテンツを自由に利用できる権利を求めている。ポイントはオバマ大統領も特に著作権問題を意識せず、当然のように40曲入りiPodをプレゼントした点だ。大統領を含む消費者が、デジタル音楽であってもFirst Saleの原則が自然と考えていることを示すというわけだ。
ハリケーン・カトリーナ被害の後に、ミュージシャンによるチャリティ「Music Rising」でミュージシャンやセレブが選曲した楽曲を収めたサイン入りiPodがオークションにかけられた。その際に米レコード協会(RIAA)が、著作権問題で難色を示すのではないかという議論が持ち上がった。
考えすぎと思うかもしれないが、可能性は完全に否定できない。例えば2007年5月にUniversal Music Group (UMG)が、プロモーション用CDをeBayでオークションしたショップを訴える問題が起こった。CDのジャケットには「Promotion Only」と刻印されており、同ショップはロサンゼルスの中古レコード店から同CDを購入した。2008年6月に地裁は、最初のCD受取人に所有権があり、レーベルがライセンスしたという考え方は当てはまらないという判断を下したが、レーベル側を支持する見方も目立った。二次ビジネスに対するレーベルの押さえつけは次第に強まっており、その行為は次第に正当化されつつある。
常識的にとらえれば、ハリケーン・カトリーナのチャリティや今回のオバマ大統領のプレゼントに対してRIAAが弁護士を差し向けるなんてあり得ない。ちなみに著作権侵害が認められたとしても、エリザベス女王の場合は国家主権の免責特権が適用されて、女王は問題なく40曲を楽しめるそうだ。ただ状況が異なったり、国家主権ではない多くの消費者は、自然にコンテンツをやりとりしているつもりでもトラブルに陥るかもしれない。消費者がそんな矛盾に囲まれているのも、また事実なのだ。