米Amazon.comは電子ブックリーダー「Kindle」の出荷台数を明らかにしていないが、CitigroupのアナリストがSprintとの契約などから推測したところでは2008年の出荷台数は約50万台だ。この評価が分かれるところで、過去の電子ブックに比べたら間違いなく大成功だが、電子ブックを広く一般にも普及させる製品としては物足りない。実際シリコンバレーに住んでいても、カフェなどでKindleを開いている人を見かけたのは数回だ。Kindleを買った人の感想というと、ここを改善してもらいたいというような要望ばかりが目立つ (ちなみに私はSony Readerのオーナーなので、Kindleには手を出していない)。それなのに9日に行われた「Kindle 2」発表は大いに注目されていたから不思議である。

つまりユーザーを含めて電子ブックへの関心は高く、それを現実に変えるような存在としてKindleは期待されているのだろう。International Digital Publishing Forumの統計によると、2008年第4四半期の米国における電子ブックの卸売売上高は前年同期比105%増だった。前期比では21%増。特に大きな伸びとなった年末以外でも、2008年を通して電子ブックは順調に成長した。ニッチ市場であるのを勘案しても、伸び悩み状態が続く書籍業界において電子ブックの成長は目立つ。

02年~08年の電子ブックの米卸売売上の推移(IDPF統計)

個人的にもKindle 2には興味があって、ある条件を満たせば、すぐに予約しようと9日は発表会のライブブログにかじりついていた。

その条件とは「あらゆる言語で、これまでに出版された全ての書籍を、どこからでも60秒で読めるようにするのが我々のビジョンだ」というJeff Bezos氏の言葉だ。ポイントは「全ての書籍」である。「Amazonのカタログに掲載されている書籍」ではないのだ。個人的な希望で解釈すれば、Amazonで発売中の印刷版の書籍タイトルはもちろん、過去に発売されて絶版になった本、パブリックドメインの本まで幅広くKindleからアクセスできるようにする……ということだろう。

電子ブックリーダーのメリットとして、何十冊の書籍を持ち歩ける点が挙げられる。たしかに、それもうれしいのだが、個人的には部屋の中と物置に積み上がっている本を捨てずに消せそうなところに期待している。買ったけど読めてない本、すぐ絶版になりそうだから買ってしまった本、読んだ後に処分せずにとってある本、さらに雑誌も加えると、もう邪魔でしょうがない。読みたい本を見つけるのも一苦労だ。これらを検索するだけで、いつでも、どこからでも読めたら、とてもすばらしいと思う。

Kindle 2のスリムなデザインは魅力だが……

だが現在Amazonから購入できるKindle対応書籍は23万冊。現状では"すべての書籍"にはほど遠く、本好きの人のライブラリーを置き換えるのも難しそうだ。それでも「全ての書籍」へのロードマップが分かれば先行投資したくなるのに、Kindle 2の発表会でも、その部分はあいまいなままだった。もちろん予約ボタンは押していない。

iPodとKindle、CDと印刷物

Kindleについては、様々な人がAppleのiPodのビジネスモデルをお手本にしていると指摘している。魅力的なデバイスと、手軽に対応コンテンツを入手できるオンラインストアを組み合わせた垂直統合型のプラットフォームである。

電子ブックを一般ユーザーに定着させる上で、iPod型の戦略は悪いアイディアではない。ただ音楽と書籍では決定的な違いがひとつある。音楽はアナログ時代のレコードやカセットテープがCDに完全に移り変わった後だったのに対して、書籍はアナログな印刷物が主流のままである。音楽ではユーザーが自分のCDコレクションをMP3やAACに変換してiPod/ iTunesまたは他のデジタル音楽ソリューションに取り込める。一方、本棚の本のデジタル化も不可能ではないが、それに挑む一般ユーザーはいないだろう。この差は大きい。

ユーザーが自ら蔵書をデジタル化できないのだから、Amazonは「全ての書籍」のデジタル化をどのように実現するかをユーザーにきちんと示す必要がある。そうでなければ、iPodのようなインパクトは望めない。Google Book Searchのようなデジタルライブラリー・プロジェクトとの協力はもちろん、個人的にはKindle形式(AZW)の書籍を、KindleだけではなくPCやスマートフォンなどで広く読めるようにするコンテンツ主体のビジネスに転換した方が、書籍のデジタル化が進み、結果的にKindleの成長につながるのではないかと考えている。

オンラインライブラリーのBookwormがO'Reilly Labsに

米国の電子ブック市場の話題はKindle 2が独占しているが、「全ての書籍のデジタル化」という点では、昨年10月のGoogleとAuthors Guild、Association of American Publishers (AAP)の和解の方がインパクトは大きい。これによりパブリックドメインの書籍に加えて、絶版となった書籍を含む著作権保護期間内にある書籍の電子化の道が開けた。商業的な契約を通じてGoogleがオンライン書店化するのに難色を示す声もあるが、あらゆる書籍がネットに露出できる道すじができたという点では、電子ブック市場における大きな一歩と言える。

そのGoogleがAndroid端末とiPhone向けに提供し始めたモバイル版Book Searchは検索しやすく、読みやすい。携帯から図書館にアクセスできる感覚だ。パブリックドメイン以外の書籍も読めるようになって欲しいと思う。

Bookworm内の書籍をiPhoneにインストールしたStanzaで表示

今月10日にはBookwormプロジェクトがO'Reilly labs傘下になったことが発表された。Bookwormはオープンな電子ブック形式EPUBをサポートするオンライン・ライブラリーのオープンプラットフォームだ。ユーザーはクラウド(Bookworm)でEPUB形式の書籍を保管・管理し、それらをパソコン、Sony Reader、iLiad、iPhone(オンライン版またはStanza)/ iPod touch(Stanzaを使用)などのEPUB対応デバイスを使って読む。状況に応じて最適なデバイスを使って電子ブックを読める理想的なオンライン・ライブラリー環境である。中でもiPhoneを使えば、いつでもどこからでも自分のライブラリにアクセスできて便利だ。残念ながら、Bookwormに収められるEPUB形式の蔵書が少ないのが悩ましい。

ただO'Reilly傘下でもBookwormのコア部分はオープンソースで公開されるというし、商業利用も認められている。O'Reilly Labsで注目されることで、オープンプロジェクトへの関心が高まるのは前進と言える。例えばGoogleのプロジェクトとBookwormを結びつけるような試みが出てきたら、どうなるだろうと想像すると面白い。

Kindle 2でAmazon側からオープンな方向への歩み寄りはなかったが、いくつかのグループが少しずつお互いの領域を広げて重なり合えば「全ての書籍」が現実的になるような状況が整いつつある。いつの間にかKindleだけが離れ小島という可能性もあるのだ。もちろんAmazonを含めて大きな島になるのが望ましい。Kindle 3を待たずに購入ボタンを押せる日が来るのを期待している。