Steve Jobs氏が6月末まで療養専念すると発表してから、同氏不在のAppleの先行きが議論の的になっている。今のようにAppleが革新的な製品でユーザーの期待に応え続けられるかは、今後の動向を見守っていくしかない。ただ04年にJobs氏ががん手術を受けたあとから、Appleはキーノートにおいて少しずつ重要な製品の説明に担当エグゼクティブを登場させるようになっていた。Scott Forstall氏がSDKを説明したiPhoneや、Jonathan Ive氏がユニボディを説明した今日のノートブック製品などは、Appleの新たなDNAから生まれた製品という印象が強い。
とりあえず不安があるとすれば、あのキーノートから製品が送り出されないという点だろう。特に米国においては、ユーザーのApple製品のエクスペリエンスにキーノートでのマジックが含まれていると言っても過言ではない。その魔法をかける代わりは、なかなか難しい。
Macworld Expoでキーノートを行ったPhil Schiller氏は、穏やかな話しぶりで誰からも好感を持たれるタイプだ。ただAppleお得意の皮肉なユーモアで笑わせるタイプではない。その点では、Jobs氏の休職中の業務責任を担うCOOのTim Cook氏の方が有力候補だ。昨年10月のMacBook/ MacBook Proの発表会でMacの情報アップデート部分を担当した。Macの好調ぶりを説明しながらWindows Vistaの不調ぶりをきっちりと印象づけたあたりは、Jobs氏に劣らない巧さだった。
この際シニカルな笑いなんてどうでもいいじゃないかという声が聞こえてきそうだが、製品マーケティングのメイン舞台がネットに移っている今、話題性はすなわちバイラル効果である。ユーモアでくるんで製品の核心を巧みに伝える力は重要だ。
大魚を逃したFacebook
先週、ハンバーガーチェーンのBurger King(バーガーキング)の「Whopper Sacrifice」キャンペーンが米国で大きな話題になった。Burger Kingが提供するFacebookアプリをインストールし、Facebookの友だち10人を削除したら「Whopper (ワッパー、Burger Kingの看板ハンバーガー)」が無料になるクーポンが手に入る。最初に、このキャンペーンの説明を読んだときは意図をまったく理解できなかった。たとえばMcDonald's(マクドナルド)の割引クーポン10枚との交換でWhopperが無料になるというのなら分かる。しかしBurger KingとFacebookは競合関係ではない。これじゃ好調なFacebookに難癖をつけているようなものである。
だが実際にクーポンをもらおうとすると、色々と考えさせられる。Facebookの貴重なコネクションを切ってまでWhopperが食いたいか……と悩めば、Whopperのためなら余り気味のFacebookの10人なんて……とも思えてくる。増殖と言いたくなるようなFacebookのコネクションを皮肉るキャンペーンではないかという考え方もできる。天秤にかける相手がFacebookのフレンドシップだからこそ、無料Whopperの価値を計りかねる。そこが面白い。
このキャンペーンを仕掛けたのは、奇抜な広告で急成長している代理店Crispin Porter+Boguskyだ。過去にBurger Kingの「Subservient Chicken」やMicrosoftの「I'm a PC」などを担当した同社は、広告を通じて製品を紹介するのではなく、広告から話題を生み出すバイラルな手法を得意とする。そのため「広告から製品が分かりづらい」とか「製品と関係なさ過ぎる」という批判も目立つが、広告効果という点ではネット世代を中心に大きな成果を上げている。
さて、ある意味Burger Kingから挑戦状を投げつけられた形になったFacebookは、Whopper Sacrificeキャンペーンのユーモアの価値を評価しなかったようだ。Whopper Sacrificeでは、削除されたメンバーに「Whopper無料クーポンの生け贄になった」という内容のメッセージが送られる。Facebookは友だちの削除を通知しないポリシーであるため、これがプライバシー侵害の可能性があるとしてBurger Kingに修正を求めた。Burger King側はブラックな部分を修正するぐらいならば……と、Whopper Sacrificeアプリを引き下げてしまった。
Burger Kingから投げられたボールに全米が注目したのに、Facebookにわたった途端に、何ともつまらなくなってしまった。Facebookにとってコネクションはサービスの生命線だけに、ユーモアでは片付けられなかったのだろう。それは理解できる。だが、もっと広い視野を持つべきだったのではないだろうか。
92年にStevens Aviationという航空会社と、短距離路線で急成長を遂げていたSouthwestが「Just Plane Smart」という広告スローガンの使用権を巡って衝突したことがある。普通ならば裁判になるところを、Southwest CEOのHerb Kelleher氏は腕相撲での決着を持ちかけ、しかもStevensのKurt Herwald会長が、その申し出を受けたのだ。この時点で両社にとってスローガンの使用権など、どうでもよかった。腕相撲勝負に全米の注目を集めたことの方が大きな宣伝になっていたのだ。Southwestに至っては、CEOのトレーニング風景のプロモーションビデオを作成して、それも宣伝に利用していた。
かくしてダラスの腕相撲イベントで実現したエグゼクティブ対決は3本勝負で、負けた方がスローガンの使用権を失い、また1本の負けにつき5,000ドルをチャリティに寄付するルール。結果はHerwald氏が勝ったものの、同氏はその場でSouthwestにもスローガンの使用を認めた。結果的に泥沼の訴訟になりかねなかったスローガン騒動が、両社のイメージアップにもつながった。
Facebookも、スーパーボウルのプリゲームショウあたりの広告スポットでも賭けて、Burger Kingのキングにフィールドゴール勝負でも仕掛ければ良かったのにと思う。もちろん勝った方が、そのまま自社製品を宣伝しては面白くない。今回の衝突をネタに消費者をニヤリとさせながらも、丸くおさめるアイディアが欲しいところだ。
Facebookなら、そんな機知に富んだユーモアで返してくれると期待したからこそ、Crispin Porter+BoguskyはFacebookをターゲットにしたのではないだろうか。Burger Kingが投げてきたボールの返し方次第で、話題性をさらに膨らませられる大きなチャンスだったのに、Facebookのようなネット業界の急成長企業がバイラル効果の価値を見逃したのは残念。このような経済状況だからこそ、なおさらである。