昨年4月にサンフランシスコでWeb 2.0 Expoが開催された頃は、企業のWeb 2.0活用が大きなトピックの一つだった。ところが金融危機が企業に影を落とすと共にWeb 2.0という言葉は聞こえてこなくなり、企業は旧来のコスト削減策に勤しんでいる。そのような中Googleが昨年12月中頃に開始した「Google Product Ideas」が、同社のEnterprise 2.0としてぽつぽつと話題になり始めている。

順風の頃よりも逆風が吹きすさぶ今のような時期にこそWeb 2.0の真価が問われる。ただ、このような時期だからこそ"2.0"って何なのかをきちんと見極める必要がある。

Googleの製品開発に参加できる「Product Ideas」

Product Ideasは、Google IDを持つGoogleユーザーが製品アイディアを投稿し、さらに投稿されたアイディアに対する賛否を投票できる仕組みだ。同社が昨年9月に公開した投票サービス「Google Moderator」を利用している。

景気減速が広告売上げに影響を及ぼし始めているのだろう。昨年12月初旬に米Wall Street Journalの取材に対してGoogle CEOのEric Schmidt氏が、景気が回復するまでエンジニアの自由な活動を抑制し、基幹事業にリソースを集中させる計画を明かした。実際、3Dアバターを使ったコミュニケーションサービス「Lively」や科学データセット「Research Datasets」など、実験的な試みから次々に手を引いている。その一方でGoogleがProduct Ideasを用意したのは、社内のR&D引き締め分をクラウドでまかなおうとしていると指摘されている。

今のところProduct Ideasの対象はモバイルのみで、元旦時点で5,000人以上から約1,600のアイディアが投稿され、約90,000の投票が行われていた。Product Ideasの公式ブログによると、今後モバイル以外の製品カテゴリにも対象を広げる計画だという。

「Google Product Ideas」。アイディアを提案するのは楽しいが、もう少し見返りがほしいところ……

コラボレーションでは語れないEnterprise 2.0

Product IdeasはDellの「IdeaStorm」やYahoo!の「Suggestion Board」に似たサービスであり、製品アイディアを収集する方法としては目新しくはない。問題は、これらが企業のWeb 2.0活用と呼べるのかという点だ。

そもそもGoogleのサービス自体、Web 2.0に当てはまるかが長く議論され続けている。コラボレーションや共有をキーワードとすれば、WikipediaのようなサービスこそWeb 2.0なのだ。Googleはトラフィックのほとんどを検索エンジンから得ており、コラボレーションを軸としたサービスに弱い。故に2.0に届かないとなってしまう。一方で昨年のWeb 2.0 ExpoでTim O'Reilly氏はWeb 2.0を、ネットワーク効果または集合知を引き出すためのシステムと説明していた。"ネットユーザーの貢献が繁栄につながるシステム"としてデザインされているかがポイントのひとつ。その意味では、ちょっとしたブログの書き込みを世界中に広めてくれる検索エンジン、または広告を通じてビジネスと結びつけてくれるビジネスエンジンでもあるGoogleはWeb 2.0なサービスになる。

これらは見方の違いで、どちらの定義もWeb 2.0を表していると言える。ただEnterprise 2.0においては、利益がカギになるだけに後者であることがより重要になる。そこで現在のProduct IdeasまたはDellのIdeaStormを考えてみると、前者には当てはまるものの、後者においては疑問符が付いてしまうのだ。

DellはIdeaStormを通じてユーザーから製品アイディアを集め始めた一方で、昨年BTO方式の製品提供方法の改革に乗り出した。BTOは顧客の要望に柔軟に応じられるものの、コスト競争では画一化された製品には太刀打ちできない。Dan Gilmore氏のレポートによると、改革以前のDell.comには500,000通り以上のコンフィギュレーションが存在していたそうだ。そこで激化する価格競争を生き抜くためにDell躍進の源であったBTO方式を改め、効率化を図るためにカスタマイズの幅を狭め始めた。その際ユーザーのニーズに応えた絞り込みを行う上でIdeaStormに集まるユーザーからの意見が役立つ。

我々はIdeaStormに集まる意見が革新的な製品の登場につながると期待してしまうが、例えばネットブックのようなモバイル市場を大きく変えるような製品がIdeaStormからいち早く登場しているかというと否である。むしろ現実的な取捨選択、安定した舵取りのための情報集めにIdeaStormは役立っている。

現時点でIdeaStormのトップアイディアは「OpenOfficeのプリインストール」「Firefoxのプリインストール」「エキストラ・ソフトの廃止」「Linuxプリインストール」「OSなし」など。このランキングを見ると、従来のBTO方式を押し進めた方がユーザーの声に応えられるように思えるから皮肉なものだ。思うに、オンラインストアで500,000通り以上のコンフィギュレーションからユーザーが選択してきたオーダーデータはDellにとって大きな財産だった。それらを分析したおすすめを購入ステップで示しながら購入者をサポートしたり、データを公開、またはオーダーカスタマイズに外部からリンクできるような仕組みを用意した方が、ユーザーそしてDellにとって可能性が広がるEnterprise 2.0だったのではないだろうか。このように考えるとIdeaStormよりも、これまでのDell.comの方がずっとWeb 2.0的に思えてくる。

Product Ideasも同様だ。ユーザーとのコラボレーションという点でEnterprise 2.0として注目されているが、ネットワーク効果は薄い。Googleの製品開発に協力できる、または自分のアイディアが実現するかもしれないというメリットはあるものの、参加者はそれほど大きな見返りを期待できない。このような時期に必要なのは、Web 2.0のはしりにGoogle MapsのAPIが公開されたような可能性をグンと広げるインパクトである。

年明け早々Enterprise 2.0が話題になっているのは好材料だが、クラウドをバズワードから次の大潮流に押し上げるような動きはまだ見られない。