2008年の大統領選は非常に面白い。一時はオバマ対クリントンでもつれた民主党ばかりが注目され、予備選後にしらけムードも漂ったが、サラ・ペイリンという個性的な新キャラクターの登場によって大統領選の盛り上がりが一気に沸点に達した。そんなマンガの筋書きのような展開に加えて、今回は高止まりしたままのガソリン価格、金融危機など、諸々の問題が国民の生活を直撃している中での大統領選である。国民の多くが、選挙スローガンではない本当の意味での"チェンジ"を求めている。そこにソーシャルメディアやオンラインサービスが新たな役割を見いだしているのも、'08の大統領選を興味深いものにしている。
TVでは放送できない若者向け投票キャンペーンビデオ
大統領選に投票するには事前に選挙登録しておく必要がある。そこでいつの時代も20代の参加を促すのが課題になるのだが、ネットによって、テレビや新聞ではリーチしにくかった若い有権者層へ直接的な呼びかけが可能になっている。非営利組織Declare Yourselfの「Only You Can Silence Yourself」は、若い層にアピールする俳優やアーティスト、セレブを起用している。そのような手法は新しくはないが、ポスターやメッセージビデオがいずれもユニークで刺激的なのだ。例えばジェシカ・アルバは、ポスターでレクター博士風のマズラー(口かせ)をはめ、メッセージビデオではお茶の間ショッピング風にマズラーを売りつける。テレビや新聞での選挙登録キャンペーンには適さない風刺が多く、従来のキャンペーンメディアでは露出が制限される。それらがソーシャルメディアを通じて、若い有権者層に効果的に伝播している。刺激的すぎるという声もあるが、決して的を外した表現にはなっていない。
ミュージシャンのWilcoは、WilcoWorldでFleetFoxesと共にカバーしたBob Dylanの「I Shall be Released」のMP3版を無料配信している。ダウンロードするには「I pledge to vote in the 2008 Election (2008年の選挙で投票することを約束します)」という誓約文にチェックする必要がある。これで有権者登録が完了するわけではないが、若い有権者層の選挙に対するイメージを変える一助になっていると思う。テレビや新聞、教会やファーマーズマーケットの出入り口などで有権者登録を呼びかけても、それらと20代の有権者との接点は少ない。20代が支持するライフスタイルの中に組み込まれてこそ、若い層にとって選挙が本当に身近な存在になる。
翌日を待たないネットでの議論
投票日まで約1カ月のこの時期、もっとも注目されるのは候補者が直接対決する討論会だ。すでに大統領候補の1回目と副大統領候補の討論会が終了し、米国時間の7日に大統領候補の2回目が行われる。
討論会は東海岸の午後9時 / 西海岸の午後6時に始まることが多く、終了後にテレビニュースでアナリストによる総括・分析が行われる。だが、夜も遅いため討論だけでテレビを消す人も多い。翌朝の新聞にはアンケート調査の結果も載るものの、時間的に簡単な調査にとどまる。国民の反応が明らかになるのは翌日の午後ぐらいから……というのがこれまでだった。
しかし、ネットを通じて討論会を見れば、その場で全米の視聴者の反応を感じられる。例えばMySpaceのMyDebatesが提供する討論会のライブストリーミングでは、15万人以上のユーザーがその場で意見を交換し合い、各種アンケートに参加した。7日のタウンホールでの討論会では、MyDebatesユーザから集められた大統領候補への質問が実際に採用される予定となっている。
討論会がネットの様々な場所でもライブ中継されるようになり、さらにテレビとネットのハイブリッドを試みるサービスも現れた。アル・ゴア元副大統領が会長を務めるCurrent TVだ。投稿型コンテンツを扱うTVネットワークで、オンライン版とテレビ版(ケーブルチャンネル)がある。今回の大統領選でCurrent TVはTwitterと提携し、ユーザーからのTwitterメッセージを討論会のライブ中継の画面下部分に流している。ユーザーはTwitterでメッセージに「#current」と入れるだけで、対象メッセージになる。内容の適応性をフィルターした上で「可能な限り中継に入れる」という。面白いのは、Twitterコメント版がそのままテレビ版の中継にも使われている点だ。テレビの討論会のライブ中継が、ニコニコ動画状態なのだ。
Current TVの討論会中継は、ネットワークテレビの中継よりもはるかに面白い。ただしメッセージが流れるスピードが速すぎて、MyDebatesのような議論には発展しない。Twitterのひとことメッセージを楽しめるにとどまる。またメッセージごとに内容が飛びすぎると見ている方も疲れてくる。メッセージの方向性を誘導する進行役を入れるか、フィルター段階で特定のカテゴリーにメッセージを集中させるなどのひと工夫が必要に思えた。
一方で従来のメディアも専門家の分析力にスピードを組み合わせた新たな取り組みを披露し始めている。カギは候補者の言葉から"本当の意味"を専門家が読み取る「FACTチェック」だ。Washingtonpost.comのMichael Dobbs氏によるThe Fact Checkerは、政治家の言葉の真実度を検証し、ピノキオ・マークでレーティングするユニークなブログだ。討論会中には複数の専門家がライブでFACTチェックを行っている。一般の有権者同士の幅広い意見交換は面白いが、参考になるような議論に行き着くのは難しい。内容チェックが入っていないと冗談や中傷メッセージに終始することも多い。The Fact Checkerは双方向的ではないが、TV中継を見ながらアクセスするとより深く討論の内容を考えるきっかけになる。
St. Petersburg TimesのPolitiFactのtruth-o-meterも面白い。討論会でのステートメントの真実度がメーターで表示され、Detailsをクリックすると理由の詳細が表示される。ライブではないが、分析ものとしては早いタイミングで更新されるので、討論会後にアクセスすると参考になる。
これらを見ていると、候補者同士の駆け引きが通用しなくなったという印象を強く受ける。カムフラージュしたり、言葉のゲームに持ち込むと、専門家、そして一般の有権者もすぐに反応し、駆け引きが奏功する前にマイナスイメージにつながってしまう。そのためか、"討論"会において議論ではなく、有権者にメッセージを伝えたいというペイリン候補の姿勢が評価されているから面白い。ペイリン候補の場合は力量から、その戦略しか選択できなかった可能性が高いのだが、これはネット時代の選挙戦では有権者に直接かつシンプルに響く言葉を持てない政治家が勝ち残れないことを意味するように思える。