Jay-Zのデビューアルバム「Reasonable Doubt」はiTunes Storeで、Nine Inch Nailsの「Ghosts I-Iv」はAmazon MP3で販売されている。ところが、これらはレーベルからの配給ではない。両アーティストが直接ファンに届けているのだ。それを可能にしているのがTuneCoreというデジタル音楽デリバリーサービスだ。他にもBjork、Keith Richards、Public Enemyなどが同サービスを利用している。

TuneCoreは、インディペンデントレーベル「spinART Records」を運営していたJeff Price氏が立ち上げた。ただしレーベルではない。iTunes Store、Amazon、Rhapsody、Napster、eMusic、ShockHound.com、Lala.com、Groupietunes.comなどのオンラインストアに楽曲を登録し、管理してくれる代行サービス業者だ。費用はアルバム1枚の維持管理費が年間19.98ドル、1配信先への登録費が0.99ドル、アップロード料が1曲あたり0.99ドルとなっている。10曲入りのアルバムを日本、米国、英国を含む世界7カ国のiTunes Storeで販売する場合、36.81ドルになる。

TuneCoreを利用するメリットは、レーベルにしばられない自由な活動だ。権利は全てアーティストに帰属し、利益は100%アーティストの取り分になる。米国のiTunes Storeの場合、売上げからの利益は1曲0.70ドル。コスト分を取り返すには53ダウンロード以上の売上げが必要になる。冒頭のような著名アーティストならともかく、無名のミュージシャンが利用する価値はあるのだろうか?

実はTuneCoreを初めて知ったのは、ウチの近所にあるDana Street Cafeというカフェで先週行われたライブだった。出演していたローカルバンドがTuneCoreを利用していたのだ。終演後にCDを販売せずに、「iTunes Storeで買ってくれ」と曲名情報を書いたカードを配っていた。その時に聞いた話だと、きちんとネットで情報を発信し、ライブを続けていれば、EP1枚のコストは1週間とかからずに回収できるという。ローカルバンドとしては、非常に効率的に利益を上げられるという。独自流通となると、レーベル所属のようにマーケティングやプロモーションを行ってもらえないというデメリットがある。だが、プロモーションを頼るのも良し悪しだという。インディペンデント専門のCD店に置いてもらえたとしても、どのように扱われているかは分からない。アルファベット別の棚の奥でほこりをかぶる可能性の方が高い。インディペンデント・レーベルの場合、扱っているミュージシャン数が多く、スタッフは少ないため、全てのミュージシャンのプロモーションに力を注ぐのは不可能だ。ミュージシャン自身のマーケティング努力が不可欠という点では、TuneCoreを利用して自らプロモーション活動を行うのと違いはあまりないという。

TuneCoreは18日、API提供を通じてアグリゲータプラットフォームを公開。サードパーティに門戸を開いたことで、さらに業界を変えそうな様相だ

販売データで一歩先行くiTunes Store

iTunes Storeは先週、累積ダウンロード販売が50億曲を突破した。今年1月と2月には全米1位の音楽小売りの座を獲得している。CD時代なら、レーベルと契約せずに、しかも数十ドルのコストで、iTunes Storeクラスの小売店に品物を並べられるなんて考えられなかった。

TuneCoreは6月初旬からiTunes Storeで販売している楽曲に限って「Trending」という売上げレポートサービスを提供している。売れた日時、売上ユニット数、都市/州/郵便番号ごとの販売数などをまとめた週間データで、価格は1部2.99ドルだ。市場ごとの販売データというと1991年にトラッキングを開始したNielsen SoundScanが音楽業界で活用されているが、個人で入手できるようなレポートではない。大まかな内容になるものの、同様の切り口で市場を分析できるデータをわずか2.99ドルで入手できるのは、ビジネスとして音楽に取り組んでいるミュージシャンには心強い存在になりそうだ。

TuneCoreによると、TrendingレポートがiTunes Store限定なのは、他のサービスが同様のデータを提供していないためだという。これは意外である。在庫を抱えずにデータを販売できるオンライン音楽ストアは、インディペンデントレーベルやTuneCoreのようなアグリゲータにビジネスチャンスをもたらす。むしろiTunes Storeを追いかける立場のサービスこそ、販売データ提供のようなサポートを強化すべきなのだ。ところが実際には、目に見えないところでもiTunes Storeが一歩リードしている。50億曲突破はむべなるかなという感じがする。つくづくAppleの音楽事業はオンラインストアの特徴を踏まえ、そしてユーザーの期待に応えるサービスに仕上がっていると思わされる。