米カリフォルニア州ロサンゼルスで5月29日から6月1日の日程で書籍業界のコンベンション「BookExpo America」が開催された。出展数は2,000を超え、3万7,000人以上の参加者が集まったが、会場内は明るい話題ばかりではなかった。米国の書籍業界はここ数年横ばいが続いており、今後下落へと向かう可能性が懸念されている。そこで音楽や映画と同様、ネットを利用した新たなビジネスモデルに、どのように転換していくかが今年のBookExpoの大きなテーマの1つとなった。

米国で今デジタル書籍というと、昨年11月に発売されたAmazon.comの電子ブックリーダー「Kindle」である。6月2日時点でAmazon.comのカスタマーレビュー数が2,870件と、とにかく話題性という点ではケチのつけようがない。その割に、所有している人や実際に使用している人をあまり見かけないのだ……。Amazon.comは4月末に第1四半期決算を発表、5月末に株主総会を開催したが、Kindleの販売台数は明らかにしなかった。Kindle人気が本物か、未だに判断できない状態が続いている。そのAmazon.com CEOのJeff Bezos氏がBookExpoのインタビューシリーズに登場した。

大混雑のBookExpo America会場

インタビュー・セッションに登場したAmazon.com CEOのJeff Bezos氏

セッションの中でBezos氏はKindleを使って、元報道官のScott McClellan氏の回顧録「What Happened」をダウンロード購入して見せた。ホワイトハウスの暴露本として大きな話題となっている同作のハードカバー版は現在ほとんどの書店で品切れ状態となっており、Amazon.comもその1つだ。6月2日時点で次の入荷予定が6月21日となっている。そんな本でもデジタル書籍版なら、すぐに手に入れられる。また数年後に印刷版が絶版になったとしても購入できなくなるということもない。時間と距離を問わないデジタル書籍のメリットを示したうえで同氏は、「印刷される全ての書籍の電子版が、あらゆる言語で同時に入手できるようにしたい」とデジタル書籍事業の目標を述べた。

発売当初少なすぎると言われたKidle対応書籍は今や125,000タイトルに増え、ユニット数でAmazon.comの書籍売上全体の約6%を占めるようになったそうだ。Kindle以前のデジタル書籍のシェアが1%程度だったことを考えると、Kindleのインパクトの大きさが分かる。端末価格が高すぎるという声もあったが、BookExpo直前に40ドル値下げされて359ドルになった。ライバルのSony Readerは299ドルだが、Kindleが無線通信機能や辞書機能を備えることを考えると割安に思える。

ベストセラーはコスト割れの可能性も

個人的には、すでにSony Readerのユーザーだったため、Kindleには食指が動かなかった。ネックはSony Readerにも使われているe-Inkの電子ペーパー技術だ。目に優しいと評価されているし、その点では同意できるが、反応速度が遅く、解像度にも不満がある。"印刷物と同じように"と言えるほど読みやすいとは思えない。e-Inkデバイスの個人的な評価は"C+"程度であって、積極的に2台目を購入する気になれない。

ただKindleには大いに興味がある。世間一般の意見と同じく、携帯キャリアSprintのEV-DOネットワークを通じて、パソコンを使わずにデジタル書籍を購入・ダウンロードしたり、ネット上の情報にアクセスできる利用スタイルは、電子ブックとして面白い。それ以上に魅力なのが書籍の"Kindle価格"だ。ほとんどが9.99ドル以下である。例えば「What Happened」のハードカバー版の価格は27.95ドルだ。Amazon.comでは現在15.37ドルに値引きされているが、Kindle版は9.99ドルである。New York Timesによると、出版社からAmazon.comへのKindle版の卸し額は印刷版と同じか、印刷版の45~50%程度だという。ハードカバーだけならコスト割れの可能性すらあるのだ。ペーパーバックや絶版の時期の売上げを含めて利益を見込んでいるのだろう。現時点でKindleは、New York Timesのベストセラーリストの本を最も安く購入できる方法である。このようにアーリーアダプターだけを対象にした価格ではなく、一気に広まるような価格に設定しているところにAmazon.comの本気度の高さがうかがえる。Amazon.comのKindle戦略はAppleのiPod戦略の真似という指摘があちこちで見られる。たしかに、そのように思えるのだが、それを納得できる価格で提供できるのはやはりスゴいと思う。

現状に甘んじないギャンブラーぶり

Amazon.comは現在、オンデマンド印刷サービス(POD)の新ポリシーが競争を阻害しているとして、BookLockerやPODパブリッシャからの集団訴訟に直面している。新ポリシーでは、Amazon.comでPOD書籍を販売するのに同社PODサービス「BookSurge」の利用が条件となった。他のPODサービスからの書籍をAmazon.comで販売する場合、Amazon Advantage Programでの販売となる。ところが同プログラムの売上配分は個人や小規模のパブリッシャーにとって負担が大きく、BookSurgeの利用を強制しているも同然というわけだ。一方Amazon.com側は、PODサービスから在庫登録、販売、受注・発送までを同社の統合的なプロセスにまとめることで、スピーディかつ正確なサービスとコスト削減が可能になると説明している。

オンライン書店市場での独占的な立場を利用してAmazon.comが排他的な戦略を講じているという懸念は理解できるし、このままでは危機的な状況になるからボイコットを……という声が出てくるのも分かる。ただAmazon.com側の言い分が半分言い訳に聞こえたとしても、その内容を完全に否定することもできない。

BookExpoのタイミングで、以前Amazon.comと提携していた米2位の書店チェーンのBordersがBorders.comをスタートさせた。本屋の利用体験をオンラインで再現しているのが特徴だ。逆にオンラインサービスを書店で体験できるコンセプトストアをミシガン州にオープンさせ、今後全米に展開する計画だという。

Bordersもまた、Amazon.comの独占的な力に危機感を抱いているのだろうが、従来の書店の枠に収まった新サービスに新鮮味はなく、コンシューマであるこちらに利用するメリットが伝わってこない。つまらないのだ。Amazon.comとBorders.comを並べて比較したら、Amazonの方が革新的で挑戦者然としている。それなのに独占が懸念される立場なのだ。

今のAmazon.comは、垂直統合型のサービスをゴリ押しで実現するだけのパワーを持ちながら、それでいてデジタル書籍を普及させようとしたりしている。日本でも、米国でも失敗続きでリスクが高いのに……だ。そこが面白い。Kindleにデジタル書籍市場を握られるのは好ましくないと思いつつも、何も変わらないよりは……と思ってしまう。結局Amazon.comパワーに期待してしまうのが、今の不思議なKindle人気につながっているのではないかだろうか。