米脚本家協会(WGA)のストライキが終結し、米国時間の2月24日に予定どおりアカデミー賞の授賞式が開催された。争点となったネット配信についても3年間におよぶ暫定案でWGAと映画テレビ製作者協会(AMPTP)と合意した。だが長く続いたストの恩恵を受けたのは脚本家ばかりではない。1995年のFin-synルール(financial interest and syndication rules)廃止以来、番組づくりにおける権限を失いつつあったインディペンデント・プロデューサーにもネットを利用するチャンスをもたらしたようだ。
ネットからテレビへの逆輸出ドラマ
米国時間の2月26日から米NBCで「Quarterlife」という連続ドラマが始まる。これはインターネット用に製作されたドラマで、昨年11月からMySpaceやYouTube、同ドラマ専用ソーシャルネットワークのQuarterlife.comなどで配信されている。WGAのストでドラマの新シーズンを撮影できない状態が続き、再放送だけでは乗り切れないと判断したNBCがQuarterlifeに目をつけたと言われている。
Quarterlifeを制作したのは「Thirtysomething」「My So-Called Life」、映画「ラストサムライ」などで知られるEd Zwick氏とMarshall Herskovitz氏だ。20代半ばのグループの人生観を描いたドラマで、もともとは3年前にパイロット版をABCに売り込んで失敗した「1/4 Life」だった。2人はその結果に満足せず、結局タイトルと登場人物の名前などを除いて全てを作り直すことにした。その過程で、人生の岐路になる大学卒業直後のドラマを視聴者がそれぞれに様々な視点から考えられるようにインターネットドラマというスタイルを採用した。
制作上の問題もネット配信を選択した理由の1つだった。米国では1972年に3大ネットワークの独占を避けるために、外部制作会社が制作した番組についてネットワーク局が所有権を保有することを禁止するFin-synルールが設けられた。加えてプライムタイムに1時間は外部制作の番組を放送しなければならないPrime Time Accessルール(PTAR)も存在した。これらにより映画会社がテレビ番組制作に参入し、ハリウッドに人気番組コンテンツを奪われる結果となったのだが、同時にZwick氏とHerskovitz氏のBedford Fallsのような独立系のプロダクションも生みだし、多彩な番組制作が実現したのだ。ところが95年にFin-synルール、96年にPTARが廃止されると、独立した制作者がネットワーク局を相手に主導権を持って大きな仕事をするのが難しくなってきた。
Herskovitz氏によると、ABCは今でもQuarterlifeを評価していないそうだ。だからといって「ネットでやってしまおう」では、ネットワーク局からの独立宣言と受け取られかねない。ハリウッドのベテランプロデューサでもリスクの高い挑戦だったが、折しもWGAのストライキという追い風が吹いてきたのだ。
Quarterlifeは1時間のエピソードが6本。ネットでは1エピソードが約10分ごとに分割されて配信されている。テレビを意識しているように思える作りだが、あくまでもインターネット向けに制作したとHerskovitz氏は主張している。だから、NBCから打診された時にも、テレビ用のドラマと見なされることへの躊躇があったという。それでもラインセンスしたのは、ネットとテレビのビジネスチャンスのギャップを埋めるためだ。
Quarterlifeの制作費は明らかにされていないが、1エピソードあたり40万ドル程度から高くても10万ドル以下と見られている。300万ドル規模がめずらしくないネットワーク局向けのプライムタイムの1時間ドラマに比べると、制作費を抑えてテレビでも使えるような作品に仕上げている。それでもシリーズは赤字運営が続いているそうだ。YouTubeにおける再生数はもっとも多いもので約79万回、ほとんどが数万回だ。Zwick氏とHerskovitz氏は、将来的にネット配信でも今のテレビと同様の品質のドラマを制作して、多くに視聴してもらい、制作に十分な支援をスポンサーから得られると考えている。ただ現状では、テレビ向けと遜色ないドラマを制作しても、視聴者の反応に大きな開きがある。それならば今はネットからテレビへの逆輸出という話題性に乗った方が、ネットとテレビの差を縮めるチャンスになる。
明日放送のQuarterlifeをテレビの視聴者がどのように受け止められるだろうか。他のテレビ向けドラマと遜色ない反応を得て、ネット版にも視聴者を呼び込めば、他のクリエイターもより自由なネットでの活動に関心を持つようになるだろう。コントロールを強めようとしているネットワーク局にとってはジレンマである。
WGAスト期間中にオンラインビデオ視聴が急成長
comScore Video Metrixの調査によると、2007年12月にオンラインビデオの再生数が100億回を突破した。「WGAのストライキにより、ネットワーク局で新エピソードが放映されなくなったため、視聴者がオンラインに新たなコンテンツを求め始めたのが大きな伸びにつながった」と分析する。ただストライキ期間中にネットに目を向け始めたのは視聴者だけではない。たとえばサタデーナイトライブ出身のウイル・ファレルが創設者の1人となっているコメディビデオサービスのFunny or Die?にプロが制作したオリジナルビデオが急増したように、クリエイターもネットへの参加を強めた。その動きにネットユーザーが反応して、ファレルの「The Landlord」は12月に5,000万回のビューを達成した。
テレビとネットの距離は容易に縮まるものではないが、長期化したWGAストの余波は、今もネットワーク局や大手スタジオの支配力という屋台骨を揺るがしている。