今週はNews Corp.とNBC Universalが共同で立ち上げた動画配信サイト「Hulu」について。昨年10月にベータサービスが始まり、今もプライベートベータ状態が続いている。Huluというと、NBCがテレビ番組のオンライン販売での価格設定でAppleともめてiTunes Storeから撤退したり、発表に関連してYouTubeにおける著作権違反問題がクローズアップされたりと、何かとごたごたした中での船出だった。競合するはずの大手メディア企業同士が動画共有サービスつぶすためだけに手を組んだという印象もあり、とても上手く行くようには思えなかった。ところが使ってみると予想外に楽しめるのだ。大手メディアにありがちなサービスの押しつけではなく、ユーザーが利用することを考えたサービスになっている。

見せることではテレビ局に一日の長

昨年末ぐらいからHuluの使用感を一度紹介しようと思っていたのだが、なかなか実現しなかったのはすさまじい勢いでアップデートされていたからである。ベータ開始当初はアクセスやサービスのパフォーマンスに不安を感じるような状況だったが、そのような評価以前の問題は短期間で解消され、昨年末からユーザーの使い勝手を向上させる改善が加えられてきた。1月末になって、そのペースも落ち着き、最近ではベータプログラムの拡大やサービス公開が噂される完成度となっている。

ユーザー投稿をサポートしないHuluでは、テレビ番組や映画などプロが制作した映像だけがストリーミング配信されている。完全にWebベースで、専用のプレイヤーやプラグインなどをインストールする必要はない。サービスのキャッチコピーは「Watch your favorites. Anytime. Anywhere. (お気に入りの番組をいつでも、どこでも)」だ。

ホーム画面では「人気のエピソード」「人気のクリップ」「最近追加された動画」がリストされており、さらに番組名や検索を用いた動画のブラウズが可能。動画のサムネイルをクリックすると各ビデオの再生画面に移動する。再生中にレートしたり、レビューを書き込めたりと、動画コンテンツのブラウズや再生の手順はほぼYouTubeと同じである。だが、Huluの方がレイアウトがシンプルでブラウズしやすく、また動画を見ていて楽しい。例えば動画再生画面の周囲には操作ボタン類が一切ないため、小さな画面をより広く、すっきりと楽しめる。操作が必要な時は画面上でワンクリックすると半透明の操作ボタンが現れる。個人的に気に入っているのは「Lower Lights」という機能だ。これをオンにするとWebブラウザ内の再生画面以外の部分が暗くなる。画質が悪くなるフルスクリーンに切り替えなくても、再生画面だけに集中できる。

「Hulu」のホーム画面。現段階では極めてスムースに、美しい動画が再生され、Ajaxを多様したインタフェースの動きもなめらかだ。一般公開されても、現状を維持できるのなら、このパフォーマンスもHuluの強みと言える

操作ボタンとゲージ類を表示した状態のプレイヤー画面。再生時は通常、スクリーンのみ

あまりにも細かい部分の改善にこだわっているため、最近ではとっとと一般公開しろというベータユーザーの声が増えているのだが、この快適な視聴環境の追求がHuluにとって重要なのだ。オンライン動画は「長くて20分」というのが通説になりつつある。パソコンの前に座るネットユーザーは、つまらなくなるとすぐに次のビデオに移るので、どんなに完成度の高い作品でも冗長な部分が途中にあると命取りになる。だからYouTubeが1本10分という制限を設けても、YouTube離れが起きなかった。これに対してHuluは、長時間のオンラインビデオが成功していないのはサービスのあり方にも問題があると考えている。じっくりと作品に集中して楽しめる環境を用意すれば、20分~1時間のテレビ番組でも全てを楽しんでもらえると主張し、実際に快適な利用体験を追求しているのだ。

Huluでは番組の前と途中にCMが入り、CM再生中は操作ボタンに触れられないようになるが、CM時間は30秒程度に抑えられており、また番組開始までのカウントダウンも入るので、それほど苦痛ではない。

NBCのオンライン戦略は大手ネットワーク局のわがまま?

最近のNBCは、オンライン番組配信の戦略が定まっていないと批判されることが多い。iTunes Storeでの番組販売を取りやめ、News Corp.と共にHuluを開始したと思ったら、自社サイトを通じた番組配信サービス「NBC Direct」にも力を入れ始めた。とりあえず何にでも手をつけているようにしか見えないという訳だ。

だがHuluを使ってみると、同サービスは番組配信プラットフォームであるのが分かる。例えばHuluでは、配信している動画をサードパーティのWebサイトに埋め込む機能が用意されている。これはYouTubeのように自由な埋め込みを許可するのではなく、パートナー契約を結んだサイトのみに認める方針だ。人気ドラマの全編が配信されているのだから、これは魅力である。パートナーの条件に適えば、「HEROES」のファンサイトが、自分たちのサイト内でHEROESの予告や全編を提供できるようになる。埋め込みを通じてCM付きの動画が視聴される場所が増えれば、それだけCMが見られるチャンスが増える。NBCのネットワーク局という役割をオンライン化しようとしているのがHuluと言える。NBCとFoxにこだわらず、幅広い動画コンテンツをCM付きで配信するプラットフォームになるのだろう。

一方NBC Directは、NBCの番組をオンライン配信するためのサービスである。テレビ局としてのNBCのオンライン化と言える。

これらオンライン配信がDVD販売に影響を及ぼすのは好ましくない。だからストリーミング配信であり、また現在Huluでは連続ドラマのエピソードの何話分までを全編公開するかが議論となっている。例えばHEROESは2月始めの時点で、最新シーズンの5話分だけが全編を視聴できるようになっている。このように考えると、iTunes Storeでの番組販売はDVD販売と同カテゴリであり、Huluと共存できる関係にある。NBCのiTunes Storeからの撤退にHulu開始の影響を指摘する人もいたが、おそらく本当に価格で折り合いがつかなかっただけに思える。昨年末にNBC幹部がiTunes Storeへの再参入を示唆するコメントを行った時にも、「そら見たことか……」と批判されたが、DVDとの比較で価格が折り合えばNBCはすぐに再参入するのではないか。むしろ、それがNBCの望むところであるように思える。

このようにNBCのオンライン戦略は巷で言われるほど、支離滅裂ではない。同社はテレビ離れの傾向に脚本家組合のストライキが重なった2007年の10月~12月期にも、既存プログラムやリアリティショーの強化で増収増益を果たした。視聴者や世間の動向に如才なく対応するしなやかさを備えている。オンライン番組配信についても、混沌としたネットの現状をきちんと整理して、効果的な戦略を実行している印象を受ける。