レディオヘッドが10月から公式サイトで新作アルバム「IN RAINBOWS」のダウンロード販売を開始した(CD版は12月26日に日本先行リリース)。2003年にレーベルとの契約を満了しており、レーベルに所属しない状態でリリースされた新譜は、購買者が任意に価格をつけられるユニークな販売方法を採用して大きな話題となった。そこで米国の調査会社comScoreが独自に調査を行い、11月5日にIN RAINBOWSの自由価格販売の実態調査を公開したのだが、その結果をめぐってレディオヘッドと意見が対立している。
同意見で対立するレディオヘッドとcomScore
comScoreによると、10月1日~29日までに約120万人がIN RAINBOWSのサイトを訪れ、その大多数が同アルバムをダウンロードしたという。支払い状況の主なデータは以下のとおりだ。
世界 | 米国 | 米国以外 | |
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アルバムに料金を支払った割合 | 38% | 40% | 36% |
平均支払い額 | 6.00ドル | 8.05ドル | 4.64ドル |
全ダウンロードに対する平均支払い額 | 2.26ドル | 3.23ドル | 1.68ドル |
支払い額の分布は、0.00ドル(62%)、0.01~4.00ドル(17%)、4.01~8.00ドル(6%)、8.01~12.00ドル(12%)、12.01~20.00ドル(4%)となっている。
これらの数字を、どのように受け止めるだろうか。多くの報道が着目したのは「ダウンロードに料金を支払わなかった割合」、0.00ドル(62%)である。「大多数が無料を選択した」という見方が多かった。
レディオヘッドは「外部組織がIN RAINBOWSの正確な情報を得るのは不可能だ」と指摘し、comScoreの調査が「正確さを欠いている」と批判した。これに対してcomScoreは11月8日にブログを通じて、200万人のインターネットユーザーをサンプルにオプトイン方式で行った調査プロセスを改めて説明。過去7年間、米商務省よりも早く米国の四半期ごとのEコマース市場予測を公開し、同省の結果と数ポイントの差しか生じていない調査実績を強調した。
このように書くと、自由価格販売の成否の判断でcomScoreとレディオヘッドが対立しているように思うかもしれないが、実はcomScore自体はレディオヘッドのIN RAINBOWS販売を"成功"と見ている。それが一連のやりとりを奇妙なものにしているのだ。comScoreは調査分析でアルバムに料金を支払った側に着目し、「海賊版や違法コピーによる利益の減少を抑えるという、レコード産業が実現できなかったマイルストーンを、レディオヘッドが独力で達したことは特筆に値する」としている。さらに「音楽産業と、それに従うアーティストに嫌気がさしているコンシューマからの信頼を勝ち得たと同時に、販売、プロモーション、プロダクションなどのコスト削減を実証した。これはレディオヘッドと音楽ファンの大きな成果である」とまで評価している。comScoreのデータは正確ではないかもしれないが、レディオヘッドが歓迎してもおかしくないような分析内容なのだ。
どうやらcomScoreとレディオヘッドの間の溝は、米メディアによって作られているのが実状であるようだ。Warner Bros. Recordsのテクノロジ責任者Ethan Kaplan氏もブログの中で「レディオヘッドのアルバムに大部分のファンが$0」というAP通信の記事を取り上げて、「"少数"が"大部分"になってしまう世界って一体……」とメインストリームのメディアの見方に疑問符をつけている。もちろん同氏はレディオヘッドの自由価格販売には批判的な立場だ。
今後5年間に50年分の変化
メインストリームのメディアが音楽産業を熱烈に支持しているとは思わないが、レディオヘッドの自由価格販売を"従来の音楽業界の慣習に反する"と考えると、どうしても"無料ダウンロード"の存在に敏感になってしまう。ただ消費者がコントロールするモデルでは、無料ダウンロードを含めて全てが消費者の声なのだ。自由価格販売の継続を求めてCD並みの価格を払った人、デジタル音楽が高すぎると感じている人、レディオヘッドの音楽に料金を支払う価値などないと考えている人、自分の所得相応の金額を支払った人など、数字の裏には様々な声が存在する。それら全ての可能性を覚悟した上での自由価格販売を、メディアも読み切れていない模様だ。
では、レディオヘッドが早く進みすぎているのか ?
8日にIBM Global Business Servicesが「われわれが知っている広告の終わり」というレポートを公開した。2,400人以上の消費者と80人以上の広告専門家の意見をまとめた調査で、消費者のメディア利用動向の変化に伴い、従来のマスを対象としたブランディングや広告が減少し、よりパーソナル化したマーケティングが増加すると予測。その中にはユーザーがコントロールするマーケティングの台頭も含まれる。レポートは方向論にとどまり、具体的な予測シナリオの提示には至っていないのだが、それでも「今後5年間に過去50年間に匹敵するような変化が起こる」と断言している。混沌とした変化の過程が待ち受けているようだ。