勝ちに不思議あり、負けに不思議なし
これまで、幾多のお客さまに対し、数々の提案書と商談を重ねてきたし、営業改革プロジェクトを通じ、お客さまの商談勝率を高めるための勝因/負因分析や、お客さま側に立って一緒にベンダ提案を行うこともあった。
自分の商談についてもそのたびに、勝っても負けても、お客さまに対して「どのような理由でどの提案を採用したか」をインタビューするようにしている。
この場合、勝因分析よりも敗因分析のほうが参考になる。
勝ったのは、たまたまその土俵上にいた競合よりも、何らかの形で少し上回っただけの話。異なる競合がくれば、前の勝負とは異なる要因が差別化要因となり、前と同じことをしても決して勝てない。
不思議な勝ち方はあっても、不思議な負け方はない。負けるときには必然的に負ける。勝因は相対的基準で決まるが、敗因分析は、相対的基準から絶対的優位にもっていくためのレベル感を限りなく上げる努力を要する分だけ、参考になる。
勝つ提案をするには
では、どうすれば勝てるのか。それを知るには、一般的な意思決定がどのようになされるかまで、思考をさかのぼる必要がある。
論理的には、達成したいこと/取り組むべき課題が共通であり、その課題に対するオプションの選定方法のいくつかが一緒であれば、必ず、万人が同じ結論に至る。ここでいうオプションの選定方法とは、「判断項目」「判断基準値」「判断項目の優先順位」である。
判断項目とは、価格や商品のスペック、一般的な評価点などがそれにあたる。そして、それぞれに、たとえば価格が100万円以下といったような、定量的な合否の判断基準値が備わる。判断基準値が明確でなければ、Yes/Noの判断はできない。
厄介なのが、その判断項目/基準値/優先度が意思決定者によって異なることである。
前述の意思決定3点セットは、求める結果を出すにあたり、意思決定者が最も気にしていること、または最も悩んでいることである根本課題によって大きく左右される。
したがって、この根本課題は何かということについて、ありとあらゆる付随情報をベースにした類推をし、決めてかからないと、意思決定3点セットは定まらない。
根本課題→「今、意思決定者が一番気にしている悩み」→「寝てもさめても、考えていること」……そんな切実な悩みを、営業担当者は感じ取り、類推することができるのか -- ここが勝負どころである。したがって、商談に勝つためには、根本課題と意思決定3点セットを意思決定者やその周辺のメンバーから何らかの形で聞き出すか、周辺情報から的確に類推しなくてはならない。
しかも、これらの情報は時間や幾多の外部要因で容易に変化する。商談前まで、意思決定者にどのような新しい情報が入っているか、細心の注意が必要となる。
ケーススタディ - 我が家の薄型テレビ購入記
我が家が薄型テレビを買ったときのことである。パナソニック、東芝、ソニー、シャープ……とさまざまなブランドがあるなかで、我が家はどの商品を選んだかをお話ししたい。
- 映りのよさ
- 安さ
- 寸法
と気にするポイントはいろいろある。
まずは家電量販店に行き、それぞれのメーカー営業マンに簡単なプレゼンをしてもらう。我が家の場合、映画は見るが、画面は明るいほうが良い、大きさは、置く想定をしている壁の前における最大のものが良い、あとは、持っているほかのデジタル家電との相性の良さ……といくつかの判断項目と基準で絞っていった。
そのときである。某社の営業マンは、「どんなお部屋で見ますか?」と聞いてきた。反射的に簡単に、部屋のレイアウトを描いて考える。
「ちょっと待てよ。部屋の形からすると、画面に対し、斜めに見なくてはいけないことも多くなるのでは? ぴたっと壁につけると、どれぐらい斜めから見なくてはならないのか?」「…とすると、テレビはやはり、テレビ台において、比較的に容易に角度を調整したほうがよさそうだ。そうしないと、テレビを見る位置が限定されてしまう」
カタログを再チェックする。なんと、「首振り機能がこの機種の台に標準で付いている!」ということで某社のテレビに意思決定された。
変形的な部屋のレイアウトでも快適にテレビを見たいという根本課題。この課題を見つけ出し、それに十分対応できる首振り機能の有無が、画面のきれいさや価格などといった要素以上に評価された現実。1時間以上も我が家の意思決定に付き合わされた他のメーカー営業さんたちは、意外な根本課題に対する判断項目に驚き、すごすごと去っていった。おそらくは、部屋のレイアウトの質問が来なかったら、こんな結論には至らなかったであろう。
コミュニケーション能力の重要性
根本課題はたいていの場合、人の顔がそれぞれ違うように、人によってそれぞれ異なる。 また、ケーススタディのように商談にあたって、まだ、根本課題が顕在化されていないこともあるし、商談の際に改めて課題が明らかになることもある。となると営業のコツは、仮説を持って、あくまでも、さらりと聞き出すこと。
本コラムでは、6回に渡って提案力の向上におけるコミュニケーション能力の重要性を説いてきた。聴きだす、お客さまの立場で具体的に考える、伝える、打ち合わせを仕切る、…… それぞれの要素を臨機応変に使いこなすスーパーコミュニケーション能力が勝てる営業の絶対基盤である。
ただし、これは「理」でしかない。勝利を勝ち取るには、これに加え、この人の言うこと、あたっている。信用できそうと思う、誠実さ、明るさ、賢さを備えた魅力的な人間性。なにが新しいことを出してくれそうと思う「気」も日頃の鍛錬から。 提案の実体験をこなし、失敗経験も多くこなしたうえで、見えてくる勝ちパターンをぜひ身につけてほしい。
執筆者紹介
近藤敬 KONDO Takashi
アビームコンサルティング プリンシパル。ペンシルベニア大学ウォートンスクール経営学修士(MBA)修了。医薬品・食品メーカーマーケティング部プロダクトマネジャー、コンサルティングファーム戦略部門2社を経て2001年アビーム入社。ハイテク、商社、金融、流通を中心とし、幅広い業界にて全社/事業戦略、法人営業改革、グローバルサプライチェーン改革、ビジネスモデリングなどの計画、実行支援に携わる主な著書に『PLM入門 - CRM、SCMに続く新経営手法』『図解 成功するeサプライチェーンマネジメント』など。