今回は舞台照明の会社、PRG株式会社にうかがいました。コンサートやミュージカルなどで使われる舞台照明。どうやらそこにも、数理の秘密が隠されているようです。
PRG株式会社のテクニカルセンターで、技術部長の腰越礼二さんとマーケティングマネジャーの笹木美紀子さんにお話をうかがいました。
-笹木さん、腰越さん、本日はよろしくお願いします。さっそくですが、PRG株式会社の事業について教えていただけますか?
笹木さん:はい、私からお話しましょう。プロダクション・リソース・グループことPRGはニューヨークに本社を置いている世界的な舞台機材や装飾の会社です。当社はそのPRGの日本法人で、照明・制御機械・舞台装置などの現場運用から機材開発まで、エンターテイメントやイベントに幅広く関わっています。
-なるほど。舞台での運用だけでなく、舞台で使われる機材も開発しているんですね!
笹木さん:はい、そうです。総合的なサービスを提供しているんです。PRGはロンドンオリンピックやソチオリンピックなどの開会式にも関わっているんですよ。
-すごいですね! ほかにはどのようなイベントに関わっているのでしょう?
笹木さん:アメリカだとグラミー賞の授賞式やニューヨークのブロードウェイのステージ、日本でもさまざまなコンサートの照明やミュージカルの舞台製作に関わっています。
-腰越さんは照明の現場でずっとお仕事をされてきたのですよね。照明のお仕事について教えてください。
腰越さん:はい、照明の仕事は大きくわけてデザイナー、プログラマー、オペレーターの3つの役割があります。照明のデザインを考えるのがデザイナーです。プログラマーはデザイナーと話し合いながら、その照明を実現できるようにプログラムをします。オペレーターは現場でその制御を行います。
-なるほど。自動で照明を動かすために、プログラムが必要になるんですね。
腰越さん:はい。照明デザイナーの表現をプログラムするのは、人間の言葉を機械の動きに置きかえる翻訳にも似た作業です。たとえば「光を曲げてくれ」と言われても、光は曲がりません。なので、光源を波のように揺らして曲がっているような効果を出すといったくふうが必要になります。
-舞台照明にはたくさんの色が必要ですよね?
腰越さん:はい。照明の色はガラス製の色つきフィルターの組み合わせで、理論的には無限の色を作り出すことができます。シアン(Cyan)、マゼンタ(Magenta)、イエロー(Yellow)のCMYと呼ばれる色の三原色の比率を変えることでさまざまな色の光を作ります。これは比率の話ですから、数学的な話でもありますね。
-たしかに色の三原色の話は数学的ですね!
腰越さん:数学的な部分はほかにもありますよ。照明には電気が必要なので、みなさんもご存じの「オームの法則」などは基本になります。ケーブルは電気をいくらでも通せるわけではありません。通しすぎると燃えてしまうので、きちんと計算して制御する必要があります。
-こ、こわいですね…。
腰越さん:そこまで考えるのが照明の責任なんです。また、会場の電源だけでは照明に必要な電力がまかなえず、電源車の用意が必要になることもあります。必要な電源の確保はとても大切なことなので、それらを考えるときにも電気の計算が必要になりますね。
-華やかにみえるステージは、たくさんの人の力で作られているんですね。ところで腰越さん、数学はお得意でしたか?
腰越さん:はい、得意でしたね。僕は技術系の高等専門学校に通っていたので、図形の問題、幾何などは大好きでしたよ。
-どうして照明の道をめざされたのですか?
腰越さん:学生のころ、映画を撮ろうとスポットライトを演劇部から借りたんです。そうしたら、芝居の本番を手伝えということになって照明を手伝ったんです。結局、そのまま演劇部に入らされてしまい、そのときから照明に興味をもちました。
-演劇部だったのですか。腰越さんと照明との関わりは長いんですね。
腰越さん:そうですね。卒業後、テーマパークで仕事をしたときに初めてアメリカから輸入されたムービングライトという自動で動く照明システムを目にして、すごいと思いました。芝居の照明などは長い棒で向きを変えるような手動方式でしたから。
-手動だったんですか!
腰越さん:そうですよ。今はLEDの登場によって電力消費を抑えられるようになるなど、本当に技術が進歩しました。ただ、今も光源のちらつきを嫌って従来の光源を好む人もいますね。また、映像を同時に使うことも多くなったので、映像に負けないように光量をあげる必要性もでてきました。最大4000台ものライトを使うような大規模なイベントも開催されるようになっています。
-4000台はすごい数ですね!
腰越さん:そうです。それだけの数の照明を制御できるように、コンソールも進化しています。また、従来では会場とは別にリハーサル用に会場を借りてテストをすることも多かったのですが、今はシミュレーションソフトが進化していて、照明のシミュレーションがコンピュータ上でできるんです。
-そんなことができるんですか。
腰越さん:はい。これもグラフィックボードが進歩したおかげですね。照明も日々新しい技術を取り入れて進化しています。ただ、プログラムなどへの基礎知識も同時に必要になるので、数学ができて損はない業界だと思いますよ。
-今日は知らなかった照明の世界を知ることができました! 腰越さん、笹木さんありがとうございました!
ライブやミュージカルの見かたがかわりそうになるインタビューでした。舞台裏では腰越さんのような方が技術革新を取り入れながら、日々進歩させているんですね。理科の授業で習った電気の計算が、コンサート会場で役立っているなんて思ってもいませんでした。
数学という基礎がさまざまな業界で生かされていることがよく分かる、とても勉強になるお話でした。
今回のインタビュイー
腰越礼二(こしごえ れいじ)(右)
PRG株式会社
技術・販売事業部 技術部長
新潟県出身
長岡高等専門学校卒業後、東京舞台照明を経てバリライトアジア(現PRG株式会社)に入社
笹木美紀子(ささき みきこ)(左)
PRG株式会社
マーケティングマネジャー
埼玉県出身
東京外国語大学卒業後、バリライトアジア(現PRG株式会社)に入社
PRG株式会社
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