今回は日本航空株式会社、JALの工場見学ができる施設「JAL工場見学~SKY MUSEUM~」で、パイロットのお仕事と数学の関わりについて取材させていただきました。飛行機が飛ぶということにも、いろいろと数学の要素が関わってきそうですね。日本航空株式会社総務本部広報部に所属し、ボーイング777の機長も務める船越篤さんにお話をうかがいました。
-船越さん、本日はよろしくお願いします。もしかして今日も操縦されていたんですか?
よろしくお願いします。はい、つい先ほどまでフライトをしていました。
-それはお疲れさまです! パイロットの方は1日にどのくらいフライトをされているんですか?
私はさきほど福岡空港から帰ってきました。朝に羽田空港から福岡空港に行き、午後に羽田空港へ帰ってくるという往復のフライトです。
距離が長い国際線だと、行ったその先で泊まることも多いです。
-お忙しいなか取材を受けてくださり、ありがとうございます。早速ですが、飛行機が飛ぶしくみについてお尋ねします。あれだけの大きな機械が空を飛ぶということを誰もが1度は不思議に感じると思います。原理について教えていただけますか?
そうですね。飛行機は翼で飛んでいますが、この翼に揚力が発生するしくみがあるのです。こちらの図を見てください。
-翼の断面と空気の流れの図ですね。
そうです。翼の断面を見ると、上がふくらんでいて、下が平らになっていることがわかりますよね。矢印の方向に空気の流れが生じると、流れは(1)のように翼の上と下に分かれます。この空気が、翼の終わりではまた同時に一緒になろうとするのです。
-エンジンの力で飛行機を前進させれば、この図のように翼に当たる空気は分かれますよね。
はい。断面をみるとわかるように、翼は上側のほうが下側より距離が長く作ってあります。ところが、おもしろいことに、上側と下側の距離が違っても、分かれた空気が翼の終わりで同時に一緒になろうとする性質は変わりません。結果、距離が長い上側を通る空気のほうが、距離が短い下側を通る空気より速く流れることになります。
-なるほど! 翼の上と下で距離が異なるので、分かれた空気が翼の終わりで同時に一緒になるために、空気の流れる速度に違いが発生するのですね。
このとき、空気の流れが速い上側の気圧のほうが低くなります。そのため、ものを持ち上げる力が生まれて、飛行機が持ち上がって飛ぶことができるのです。この持ち上げる力のことを「揚力(ようりょく)」と言います。
-飛行の翼の断面形状にはそのようなくふうがあるんですね。
揚力は、同一条件を仮定して、簡単にすると以下のような式で表すことができます。
揚力=(主翼の面積等を含んだ一定の数値)×(速度の二乗)×(主翼の揚力係数)÷2
-つまり速度が速ければ速いほど、高い揚力を発生させることができるので、主翼の面積は少なくてすむのですね。
そのとおりです。しかし、空港の滑走路の長さには限りがありますし、地上を高速で走らせるときのタイヤの摩耗の問題もありますから、滑走路では速度だけで揚力をかせぐことはできません。飛行機に乗ったときに、翼の後ろ側のフラップという部分が伸びてくるのを見たことがありますか?
-はい、離陸するときは縮んで、着陸するときには伸びてきますよね。
フラップも翼の面積を大きくして、揚力をかせぐためのくふうなんです。翼で揚力をたくさんかせぐことができれば、効率のよい加速と滑走距離で飛び立つことができます。
-先ほどの式にあった「主翼の揚力係数」というのはどういうものなのでしょう?
飛行機が離陸時に頭をもちあげる様子を思い出してください。飛行機が上を向くと翼に角度がつきますよね。この角度が先ほどの図の(2)の「迎え角」です。これが先ほどの式の主翼の揚力係数に関わってきます。この迎え角が大きくなれば、主翼の揚力係数も大きくなります。
ただ、角度を大きくしすぎてしまうと翼上面の空気の流れが翼上面から離れて乱れてしまうので(失速)、逆に揚力はなくなってしまいます。
-なるほど。翼のしくみがよくわかりました。数式で表すことでとてもわかりやすくなりましたね!
-おっしゃられたように、飛行機が飛ぶ原理はとても数学的ですが、船越さんご自身が操縦するうえで意識している数学的なことはありますか?
今の飛行機は、FMS(フライ・マネジメント・システム)という離陸から着陸までをコンピュータがサポートしてくれる操縦システムが備わっています。ですので、自分が計算しながら操縦しなければいけないということはありません。ただ、先ほどのような飛行機の理論や、飛行機の方角や姿勢を計算するための航法計算などは、パイロットが知識として知っておかなければいけません。
-乗客にはわからないような高度なテクニックなどもあるのでしょうね。
そうですね。たとえば、飛行機は横風に弱く、離陸時などは煽(あお)られてしまうのです。そんなときは操縦桿(かん)を逆に当てて打ち消し、真っ直ぐ離陸できるようにします。おそらく乗っているお客さまは気づかれないかと思いますが、このような細かい調整を行っています。
-まさにパイロットの高度な技術ですね。船越さんはどうしてパイロットになろうと思われたのですか?
そこまでパイロットに対して強い思いがあったわけではないのです(笑)。中学生時代に友達と将来のことを話しているとき、その友達がパイロットってカッコいいよなって言ったのです。
それを聞いて僕もパイロットってカッコいいな、おもしろそうだなと思い、この仕事に興味を持ちはじめました(笑)。
-偶然の出合いみたいなものですね!
その友達は最終的にパイロットにはならなかったのですけど(笑)。航空大学校に入学して、1年次は航空力学などを座学で学び、2年次から実際に飛行機の操縦を行いました。
-初めて空を飛んだときはやはり感動しましたか?
最初の飛行はプロペラ機でしたが、プロペラの反作用の影響で、機体も左右に流れて制御するのに精いっぱいで、感動と言うよりも、もう必死でした(笑)。
-やっぱり最初からうまくできるわけではないんですね(笑)。ところで船越さんは数学は得意だったのでしょうか? 航空大学校の座学でも数学は勉強しなければならなかったようですが。
そうですね。三角関数などは必ず理解しておかなければいけません。私は昔から数学が嫌いではありませんでしたよ。はっきりとした答えが必ず出ますから。
-基礎的な勉強はどの仕事でも大切ですから、やっぱりできたほうがいいですよね。パイロットになりたい子どもたちは、たくさんいると思うのですけど、船越さんからパイロットをめざす子どもたちにアドバイスがあれば教えてください。
そうですね。1番は「パイロットになりたい」と思う気持ちでしょうね。そして、それに向かって努力することです。
あとは、素直さが大切ですね。私もパイロットの教官だったこともあるのですが、先生や上司の言うことを素直に聞ける人は伸びると思います。文系や理系といったことと関係なく、情熱と努力、そして素直さをもって取り組んでほしいですね。
-最後に、パイロットというお仕事の醍醐味(だいごみ)を教えていただけますか?
飛行機の座席の窓を見てください。お客さまが普段ご覧になる窓の面積に比べて、コックピットの窓は格段に大きいです。これだけの広さで空の視界を持つことができるのは特権ですよね。シベリア上空のオーロラや、東南アジアの星空は本当に美しいですよ。国内では太平洋と日本海が一緒に見えるほどの高度を飛ぶこともあります。そのようなパイロットにしか見られない景色を見ることができるのが醍醐味といっていいでしょうね。
-そんなお話を聞いちゃうと、パイロットをめざせばよかったなんて思っちゃいますね!
このJAL工場見学~SKY MUSEUM~では、格納庫見学や、飛行機の飛ぶしくみなどを学べる航空教室とセットで、JALのさまざまなスタッフの仕事内容や飛行機の歴史を学ぶことができます。パイロットの仕事に関してもくわしく紹介していますから、これからご覧になってはいかがでしょう?
-ありがとうございます。一般の方もホームページから予約すれば見学できるんですね。空のお仕事に興味がある方には絶対おすすめですね。船越さん、今日は現場で働く方ならではのお話をありがとうございました!
JAL工場見学~SKY MUSEUM~では、格納庫仕事紹介ブースにはパイロットの7つ道具や、JAL客室乗務員の歴代制服も展示されていて、勉強になりました。そして、やっぱり間近で格納庫の飛行機を見ると感動しますね。
空のプロフェッショナルとして、ご自身が操縦する飛行機を理論的に熟知している船越さんのお話を聞くと、これからの空の旅で今日のお話を思い出していろいろ考える楽しみができました。
今回のインタビュイー
船越 篤(ふなこし あつし)
日本航空株式会社ボーイング777型機機長 兼 広報部付担当部長
1958年東京都出身
航空大学校卒業
YS11型機やA300型機の副操縦士・A300型機機長を経て、現在はボーイング777型機機長
フライトタイムは約17,165時間(2014年9月末現在)
JAL工場見学~SKY MUSEUM~
このテキストは、(公財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。
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