川崎市を本拠地とするサッカークラブ、川崎フロンターレ。川崎フロンターレは「算数ドリル」を作って小学校に配布しているという話をお聞きました。サッカークラブと算数ドリル、不思議な組み合わせです。いったいどのようなドリルなのか、川崎フロンターレサッカー事業部プロモーション部の部長、天野春果さんにお話をお聞きしました。
-本日はよろしくお願いします。川崎フロンターレでは、算数ドリルを作成していると聞きました。
はい、作成していますよ。川崎フロンターレでは選手を使った算数ドリルを、113校ある川崎市立の小学校の6年生に向けて配布しています。こちらがそのドリルです。
-選手が問題を解説しているドリルなんですね! これを授業で使うんですか?
そうです。ちゃんと教科書に沿った内容となっています。学習指導要領が変われば、当然内容も変えなければなりません。教科書とリンクするものを毎年作るのは大変ですね。
-いちサッカークラブの作るドリルが授業で使われるなんてすごいことですね。
家庭学習でやるためのドリルではあまり意味がないんですよね。サッカーが好きな子はやるけど、興味がない子はやらない。授業で実際に使われるというところが大切なんです。子どもたちとクラブとの接点を作れませんからね。
-この算数ドリル、評判はいかがですか?
うちのドリルは6年生のための算数ドリルなのですが、6年生になればフロンターレのドリルが使える、と楽しみにしてくれているお子さんもいるようです。サポーターのお父さんやお母さんから、来年はうちの子どもが使えるんですと言われると嬉しいですね。ドリルを使っている子どもたちと話をしてみると、僕よりも選手の名前と顔と背番号が一致していることもあるんです(笑)。
-効果は絶大ですね! いったいどういう経緯で算数ドリルを作ることになったのですか?
川崎フロンターレが算数ドリルを始めたのは2009年のことですが、きっかけとなったのは2008年に参加させていただいた、Jリーグチームの欧州視察でした。僕はイングランドのプレミアリーグの名門・アーセナルFCを視察し、アーセナルFCが実施している地域貢献活動のお話を伺ったのですが、当時在籍していたセスク・ファブレガスというスペイン出身の選手が、地域の学校で使われているスペイン語の教科書に出て、スペイン語を教えていたんです。これはおもしろいと思いました。
-なるほど、海外のサッカークラブにそのような事例があったんですね。
僕はスポーツ選手の教育活動が、単純に体育を教えるだけじゃつまらないと考えていました。そんなとき、サッカー選手が語学の教科書に出ているという話を聞いてピンときたんです。講習が終わったあともアーセナルFCの関係者に食いついて話を聞いていました(笑)。それがヒントでしたね。
-でもきっかけとなったのは語学の教科書だったんですよね。どうして算数のドリルにしたんですか?
日本の教育制度上、教科書を作るのは無理なので、それならドリルにしようと思いました。最初に作ったサンプルは選手の名前を漢字パズルにするという内容の漢字ドリルでした。しかし、漢字ではどうしても拡がりがなく、だから算数のほうが作りやすいんじゃないかと考えました。選手の身長や体重、シュート距離やピッチの面積など、サッカーは算数の問題に応用しやすく、いろいろな問題のバリエーション展開ができます。それで算数ドリルにしたんです。
-天野さんが算数ドリルの実現にそこまでこだわった理由は、なんだったのでしょうか?
日本のスポーツが体育以外の教育にも役立つという事例を作り、体育以外の教育分野でもスポーツを使って地域社会に貢献できるということを証明したかったんです。 最初は全学年のドリルを作りたいと息巻いたのですが、今のパワーであれば1学年分をしっかり作ったほうが良いと学校の先生から助言をいただき、まずは制作上1番ハードルの高い小学6年生向けのドリルから作ることにしました。
ほかにも、制作費の問題がありました。立ち上げのときには全額をフロンターレが出して、教育機関に寄付という形でしたから。今は教育的価値を川崎市に認めていただき、フロンターレと行政の折半という形でできるようになりました。全国的にも注目され、事例を作るという意味では成功したと思っています。
-実際のドリルの制作作業はどのようにされているんですか?
「算数ドリル作成委員会」というものを組織して制作しています。川崎フロンターレ、学校の算数の先生、教材屋さん、デザイナーさんの4つの組織が参加して作った委員会です。算数の先生には忙しい中、ボランティアでやってもらっていて、ほんとうに頭が下がります。
-選手のみなさんの協力もあってこそですね!
みんな最初は戸惑っていましたね。最初のドリルを作ったときには、フッキという外国人選手におもしろいポーズをとってもらったりしたのですが、彼はいまやブラジル代表の選手ですから、考えるとすごいことです(笑)。
ドリルの作成委員会の先生側から、この選手をこうやって使いたいと提案してくれることも多いんです。ドリルに載せる選手のポーズは先生が決めて、選手はそれを見本に撮影をします。「こういう問題の意図があるからこのポーズをしてね」と選手には説明します。「自分たちが子どものころにこういうドリルがあったら嬉しかったよね?」と言うと、みんなすぐに納得してやってくれます。他のクラブから移籍してきた選手は最初、普段とらないポーズを求められてびっくりしていますけど(笑)。
-今後はどのような展開を考えているのでしょうか?
より実践的な教育へと進めていきたいですね。これは以前にやったことがある事例ですが、フロンターレの選手が学校に行き、実践学習としてグラウンドで算数の授業をするんです。
たとえば速度と距離の問題だったら、実際に選手と生徒さんが全速力で走ってタイムをはかり、どのくらいスタートする位置をかえて走れば選手と横並びになって一緒にゴールできるか、といったように。また、選手におもいっきりシュートを打ってもらい、そのシュートスピードを自分のシュートスピードやカンガルーの足の速さと比べたり。選手の足の速さやシュートスピードのすごさも知ってもらえるし、そのインパクトから五感を使って学ぶことができますからね。
-五感で理解するのは大切なことですね! 素晴らしい取り組みです。天野さんは、どのような経緯で川崎フロンターレに入られたんですか?
僕もサッカーをしていたのですが、選手になるほどの才能はなかったので、スポーツを自分の力でプロモートしていけるスポーツマネジメントの分野で働きたいと思っていました。
アメリカの大学でスポーツマネジメントを学んだのですが、アメリカではスポーツが生活の中にあるんです。日本ではお金を払ってジムに行かなければならず、サイクリングロードやジョギングのルートもきちんと整備されていない…など、スポーツを生活の中で楽しむという環境が日本にはなかったんです。なので、そういうスポーツ文化を作りたいと考えていた頃、Jリーグが「スポーツで幸せな国にしよう」という理念をもとに始まったんです。なので、日本のプロサッカークラブのマネジメントの道に進むことにしました。
-天野さんのやりたいことができそうな場所が、Jリーグのクラブチームだったわけですね。ところで天野さん、数学って得意でしたか?
はい、すごく得意で、高校では10段階評価の10でした。数学の迷路に入ってゴールを探すような感覚がクイズみたいで楽しかったんです。二次関数や微分積分など、とても好きでしたよ。逆に国語とかは正解がないので、苦手でしたね(笑)。
-数学がお好きだというのはこちらとしても嬉しいですね! それは今のお仕事にも反映されていますか?
サッカーに限らず、数学はどんな場面でも必要ですよね。算数ドリルの場合も、どこの学校がどういう使い方をしているのか、ということをきちんと数字に出して表にしています。感覚だけを頼りにするのは怖いし、自己満足で終わることもありますから。
数学の良いところは、しっかりと数字で結果を示せることです。プロモーションやマーケティングでも必ず必要なことですね。
-素晴らしいまとめをありがとうございました! 本日は貴重なお話をお伺いできて、楽しかったです!
スポーツの地域貢献として、算数ドリルが使われているとは驚きの事例でした。
とくに実践的な算数の学習にスポーツを取り入れるというのは、とても興味深い試みです。川崎フロンターレのような取り組みはこれから大切になっていくのではないでしょうか。数学は五感と繋がっているものだからね。その意味ではスポーツと密接な関わりがあるというわけですね。天野さん、貴重なお話をありがとうございました。
今回のインタビュイー
天野 春果(あまの はるか)
株式会社川崎フロンターレ
サッカー事業部 プロモーション部 部長
1971年東京都生まれ。
ワシントン州立大学でスポーツマネジメントを学び、1997年に富士通川崎フットボールクラブ(現・川崎フロンターレ)へ。著書に「僕がバナナを売って算数ドリルをつくるワケ」(小学館)がある。
このテキストは、(公財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。
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