株式会社ビクセンは埼玉県所沢市に本社を置く天体望遠鏡メーカーです。アマチュアが活躍する天文という分野。ビクセンの作る天体望遠鏡が多大な貢献をしていると言っても過言ではありません。天体望遠鏡と数学の関わりを、研究開発部の傳甫(でんぽ)淳さんにお聞きしました。

-傳甫さん、本日はよろしくお願いします。早速ショールームでたくさんの天体望遠鏡を見させていただきました。レンズが入っているものと、鏡が入っているものがあるのですね。なぜでしょうか?

はい。望遠鏡はおもに2種類あり、レンズを使って光を1点に集める「屈折式」と、鏡で光を反射させて1点に集める「反射式」があります。

-どのような違いがあるんですか?

屈折式の場合、とても使いやすくメンテナンスが楽な反面、ガラスは光の各波長に対し異なる屈折率をもつため、それが原因で波長によって焦点位置が異なります。それを色収差と言いますが、これが弱点となります。反射式の場合は、鏡を使って光を反射させるので色収差が発生しない反面、メンテナンスをする機会が多いため、中級・上級者向けです。

-そのような違いがあるのですか。実際の望遠鏡の製作現場を見させてもらうことは可能でしょうか?

もちろんですよ。工場の中を案内しましょう。

-望遠鏡はひとつひとつ手作業で組むのですね!

光学製品は高い精度が要求されるので、人の手によって丁寧に組み上げる製品が多いんですよ。

-すごく精緻な手作業ですね。

星は点光源ですので、天体望遠鏡のレンズで観たときには、きちんと点として観られるようにしなければなりません。これが非常に難しく、ある意味究極的な光学系なので、レンズの精度が要求されるんです。天文学においてはアマチュアの方の活躍も多いので、製品への信頼にしっかり応えていかなくてはなりません。他の部品も手作業でゆっくりと組み上げていきます。

-工場を見学させてもらいましたが、生産にあれだけの緻密さを要求されるのであれば、当然レンズ設計でも同じように高度な技術が必要なのですよね?

そうですね。星をいかにシャープな点として見せるかというレンズ設計技術も必要ですが、光の波長の数分の1単位まで面を磨きあげる超高精度研磨技術や、星の暗い光をいかに透過させるかというコーティング技術、天体写真も撮影するのでカラーバランスを考慮した設計技術、鏡筒内の内面反射をいかに減らすかという迷光シミュレーション技術など、さまざまな技術が駆使されています。

-レンズの透明度なども重要になるわけですね?

とても重要な要素です。天体望遠鏡では非常に精度の高いレンズ材料を使用しています。しかし、ガラス自体の光の透過率は100%ではありませんので、透過率を上げるためには、レンズの薄さも大事な要素となります。これもレンズ設計時に考慮することの1つとなっています。

-レンズの光学設計に数学は当然関わってきそうですね。

もちろんです。たとえば実際に設計するにはこういう本が必要になります。

傳甫さんに見せていただいた本

-なるほど、数式がいっぱいですね。微分や偏微分ですか。

はい。ほかにも光の伝搬速度の方程式や望遠鏡光学というものもあるんですよ。光学はこのように数学だらけです。レンズ設計の際にはこういう本を見ながら、どんな光学系にしようか仮定して、コンピュータでシミュレーションしますね。良い結果が出れば実際に試作しますが、試作するには多くの費用がかかるので、まずは数学的に試してみることが大切です。

-なるほど、レンズを数式で表すわけですね。

また、できあがったレンズを検査するには、ニュートン環(かん)といわれる干渉縞(かんしょうじま)を測定しなければなりません。波面を組み合わせて、どれだけずれているかを測る、これも数学ですね。くわえて、人間の眼でどう見えるのかも計算しなければならないので、眼の光学系についてもかなり理解しないといけません。また眼には見えないものや、星が発している波長などにも対応していかなければならないですね。受光素子などの感度も考慮し、千数百nm(ナノメートル)といったレベルまで考慮します。

-なるほど、レンズだけではなく、そのレンズを実際に見る人間の眼も考慮しなければいけないのですね。

はい。見ている感覚を実際の設計に落とし込むのは非常に難しいのですが、とても大切です。

-たとえば星によって色も違いますけど、それも人間の眼でその色に見えているということですものね。

そのとおりです。レンズを通して星の色も再現できなければいけません。青い星は青い星なりのスペクトルをもっているので、その波長をしっかり透過できるガラスを探す。そのようなところから設計は始まります。

-ガラスの性質から考慮するのですか、すごいですね

-ところで傳甫さんは数学がお好きだったのですか?

大学では物理学科で天体物理学を学んでいました。物理でやっていた分、数学は結構好きですよ。光学系に関わる仕事をずっと歩んでいますが、光学は本当に数学的ですし。

-物理においては基礎としての数学が絶対に必要ですものね。

学生時代のころからの下積みは大事ですね。たとえば相似や比例、微分、積分、線形代数など、そのあたりはどうしても必要になってきます。それらの積み重ねは今でも日々役に立っていますよ。ただ、最近は光学関係の授業を学校であまりやらないようですね。受験科目にもほとんどないので、見逃されがちなのが残念です。そのためか、光学設計者は機械設計者などと比べ、意外と少ないように感じます。

-確かに光学については詳しく学ばないですよね。世界に誇れるレンズ技術があるのに、後継者が育たないのは問題ですね。

光学はもうできあがっている学問のように思われるかもしれませんが、お客様がほしいという製品作りを考えれば、いろいろな発想ができるジャンルだと思います。まずは、天体望遠鏡で宇宙の姿を実際に観てもらって感動してもらう、その感動を届けていきたいですね。

-技術はそのような感動が原動力であってほしいですね。本日はありがとうございました。

傳甫さんのお話から、光学という分野が数学と非常に相性の良いものであることがわかりました。数学が光学と結びついて感動を作り出すという、素敵なお話でした。傳甫さん、天体望遠鏡と数学のお話、ありがとうございました!

ビクセンの天体望遠鏡で撮影した天体画像。左がアンドロメダ銀河(M31)、右がプレアデス星団(M45)。(使用機材:AX103S鏡筒、撮影:ビクセン企画部 テクニカルコンサルタント 島田敏弘氏)

ビクセンの天体望遠鏡で撮影した天体画像。左がオリオン大星雲(M42)、右が月。(使用機材:AX103S鏡筒、撮影:ビクセン企画部 テクニカルコンサルタント 島田敏弘氏)

ビクセンの天体望遠鏡で撮影した天体画像。網状星雲。(使用機材:R200SS鏡筒、撮影:天体写真家・天体ジャーナリスト 大野裕明氏)

今回のインタビュイー

傳甫 淳(でんぽ あつし)
ビクセン研究開発部に所属。主に望遠鏡の設計・開発を担当。
明星大学物理学科を卒業後、旭光学工業(現ペンタックスリコーイメージング)に入社。天体望遠鏡、双眼鏡、スポッティングスコープ、ルーペなどの設計・開発を手掛けてきた。星好きが高じ、2009年ビクセンに入社。

株式会社ビクセン

このテキストは、(公財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。

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