肌寒くなったのでサラッと羽織れるアイテムが欲しい ―― そんな抽象的なニーズが生まれたとき、皆さんはどのような行動をとるだろうか?いつもの決まったショップに行って商品を探すか、もしくはネットで調べるといったところだろうか。
ありふれたニーズのように思えるが、「サラッと羽織れる アウター」などと検索しても、その独特のニュアンスは検索結果に反映されづらい。検索エンジンはまだ、この要望を正確には理解してくれない。
この問題を解決するサービスが、ユーザーから寄せられたファッションの相談に対し、ショップ店員がおすすめアイテムを提案するコミュニケーションプラットフォーム「STYLER」だ。同サービスでは「肌寒くなったのでサラッと羽織れるアイテムが欲しい」とユーザーが書き込むと、複数の店員が空き時間を活用し、商品を紹介してくれる。
「ファッションは本来、売り手のほうが圧倒的に質の高い情報を持っています。それに、生活者にとっても相談したいというニーズがあるはず。しかし、コミュニケーションのハードル自体が非常に高く、オシャレな店舗であればあるほど入りづらい、店員にも話しかけにくいと感じる人が大半ではないでしょうか。STYLERは、こういった問題の解決を目指します」
こう語るのは、STYLERの運営元となるスタイラーCEOの小関翼氏。同氏は学生時代から、在野の思想家として活動する呉智英氏や浅羽通明氏と交流を持ち、「知識人といてどう生きるか」を考えてきた。その結果、学会や大企業の中で日々を過ごすのではなく、起業することを考えたという。しかし、起業前にお金のことを学んでおきたいと考え、大学院卒業後にメガバンクにて3年間勤めた経歴をもつ。
スタイラー CEO 小関翼氏 |
オフラインがメインとなるファッション市場で、イノベーションを起こしたい
小関氏 : 転職して、イギリスのメガバンクで新規事業の開発に3年ほど携わりました。この段階で起業を考えていましたが、お金の扱い方だけでなく、事業会社での経験も欲しいと考えAmazonへ転職し事業開発を手がけました。
その後、金融機関に在籍していた時の同僚がクラウドファンディングのスタートアップ企業を立ち上げることになり、COOとして参画しました。ある程度ビジネスの形を作ったのちに退任し、2015年3月にスタイラーを設立したという経緯です。
――― 事業として「ファッション × IT」を選んだ背景には何がありましたか?
個人的にECが好きだったことが背景にあります。Amazonに在籍しているときも、ほとんどの物を自社サービスで買っていました。とは言いつつも、その多くを日用品が占めており、ファッションアイテムとしてはせいぜい、靴下やインナーくらいだった。これは僕だけに言えることではなく、ほとんどの社員がそうでした。ITリテラシーが高く、金銭的に余裕のある人でも、ファッションや旅行、食などライフスタイル領域ではオフラインがメインにならざるを得ない、そういう市場もあるんだなと感じました。
こういった市場では、テクノロジーを活用したビジネスの刷新が遅れる傾向にありますが、関わっている人たちが現状に課題を感じていないわけではない。ニーズはあると思っていたので、ライフスタイル領域で起業しようと考えていました。
ただ、スタートアップは山あり谷ありで、良い時期ばかりではありません。「調子が悪いときも頑張って続けると、何か良いことがあるかもしれないね」みたいな世界。それを踏まえて考えた結果、ファッションという自分が好きな領域で起業し、ITを利用したソリューションで業界に貢献しようと決めました。サービスのオープンβテストを開始したのは、今年(2015年)の7月のことです。
1~2年は、ユーザー数を増やすことに注力
―――現在、認知度向上のためにどのような施策を行っていますか?
STYLERは、4~6月にクローズド版として身内100人、ショップ15~20店舗でテストを行いました。同時期にオウンドメディア「STYLER MAG」を立ち上げ、4月から運営を開始しました。開設時のは1日1記事の掲載でしたが、現在は1日3~4本、読み応えのあるボリューム感の記事を更新しています。
同メディアでは、Fashionsnap.comなどさまざまなメディアとコンテンツ共有を行っていて、掲載した記事がスマートニュースなどのニュースアプリに転載され、広がっていく仕組みが構築できています。記事内からも興味を持ったユーザーがSTYLERに来てくれるようにしているので、STYLER MAGを直接見てくれた読者はもちろん、他媒体やニュースアプリから偶然たどり着いた読者にも、STYLERを知っていただけるのではないかなと思います。
――― マネタイズ法としては、どのようなものを描いていますか?
当分の間は課金を行わず、ファッションのコミュニケーションプラットフォームとして広めていく予定です。一方で、ビジネスを展開しているマーケットの大きさと、さまざまな課金の切り口がある柔軟性が、STYLERの強みでもあると思っています。
たとえば、ショップはECのリンクをつけて回答するので、そのままECで購入するユーザーも多く「個別のECショップではなく、STYLER上で決済したい」といった要望もたくさんいただいています。決済機能をつけると、金額に応じた決済手数料をいただくこと必要があります。
サービスがより成熟してくると、ユーザーのコミュニケーションデータやPOSデータ、クッキーデータなどを一つに統合し、CRMとしてショップに活用してもらい、利用料をいただくこともできます。潜在顧客向けの広告施策にも使っていただけるでしょう。
チームメンバー探しに奔走した日々
――― プロダクトの開発で苦労した点はありますか?
エンジニア集めに苦労しました。エンジニアは、中小~大手企業にいたるまでどこも不足している状態です。サービスができて認知度が上がれば改善される問題でもありますが、設立したばかりの会社でイチからサービス開発を担当してくれる人を見つけるのは難しかったですね。
以前は一日に5回くらい、リクルーティングのために同じ話をして回ったこともあります(笑)。4月にオープンしたクローズド版は、知り合いの学生エンジニアが「自分の腕試しをしたい」と、ほぼ1人で作ってくれました。
エンジニアだけでなく人集め全般の話をすると、まず、共同創業者/STYLER MAG編集長の岩崎(岩崎佑哉氏)は、国内でも有名なメンズファッションブロガーで、僕は彼のブログ「fashionNeet.mag」の読者でした。
スタートアップには情報発信力の高い人がいたほうが良いことはもちろんですが、それだけでなく、ファッションリテラシーやメディア運営能力の高さ、ITにも通じているという人材は、彼以外に考えられなかった。コンテンツとして、ファッションはもちろん、関連するアプリやECの話題をブログで取り上げることもありましたから。そんなファッションブロガーはほぼいません。思いきって声をかけると興味を持ってくれて、ジョインしてくれました。
創業時、事業に関わってくれる人は10人以下でしたが、現在は常勤5人のほか、非常勤やゆるく手伝ってくれる人を含めると30人くらいのメンバーがいます。内訳は、学生エンジニアや学生・社会人でファッションのスタートアップを手伝いたいと言ってくれる人、フォトグラファー、ライターなどです。
ファッションとIT、人、商品をつなぐハブへ
――― STYLERに参加するブランドやショップはどうやって集めましたか?
電話営業や口コミによるインバウンドが中心ですが、比較的スムーズに加入をいただいています。そもそもブランドやショップは、「新規顧客に自分たちのブランドやショップの魅力を伝えられない」「従来型のメディアに載りたくても資金的に見合わない」など課題を抱えているので、中小・大手に関係なく反応は良かった。話を持っていった7~8割がその場でアカウントを開設するくらい、多くが乗り気で応じてくれました。
また、店舗においては、お客さんが来ない時間や接客していない時間など、意外とアイドリングタイムが長くあります。現場ではその時間を埋めるためにわざわざ仕事を作り、それでも埋まらなければ人を減らすといった悪循環に陥っています。その結果、せっかく入社した若手従業員もモチベーションを保てず、人材が流出してしまうということも少なくありません。
それだけではなく、ファッション業界では昨今、新規顧客との接点が減っていて、誘客を立地とセールに依存している状況です。加えて、ファッション雑誌を読む若者も減っており、昔のように雑誌がチャネルになっているわけでもありません。チャネルが少なくなったことで、ブログやFacebookページの運営を始めるものの、これらを見てくれる人は既存のファンなんですよね。ショップやブランドを新たに知ってもらうことすら、ハードルが高い時代になっている。
STYLERを使うと新たなチャネルを作れますし、新規顧客にアプローチすることもできる。寄せられた相談に対し提案を1つ書き込むという作業は10分ほどしかかかりませんし、ショップ定員にとっても気軽に使える点が響いたのだと思います。
――― 最後に。ファッション × IT業界におけるどのような存在を目指していくのでしょうか
海外だと3~4年前から、国内だとここ1年くらいで、Fashion Tech(ファッション×IT)事業を行う会社が散発的に登場しつつあります。しかし、国内に業界団体があるわけでもなく、横のつながりもあまりない状況です。スタイラーという会社は、ITを用いてファッション業界を活性化するために、人と人とをつないでいける存在になりたいと考えています。
また、僕自身も知識人として、このような社会に貢献する活動を広めていきたいと思います。STYLER MAGに、C CHANNELの森川さんやUNITED ARROWS デジタルマーケティング部 部長の相川さんとの対談記事を掲載したり、12月にナレッジやスキルを交換するためのイベント「Fashion Tech Summit」を主催したりと、ファッションとテクノロジーのハブになるような活動を続けていきたいと思っています。