起業したい――そう思い立ったとき、自分一人でやろうとするか、仲間を募って挑戦しようと思うかは、その人のタイプによるところが大きいと思う。どちらも一長一短あり、一人の方が物事を決断しやすく、会社を運営するコストも抑えられる。一方で、喜びや悲しみを隣で分かち合える仲間はいない。
「社会的な課題を解決し、多くの方々の日常生活を支えることができるサービスを作りたい、その上で一人ではなく、仲間と一緒に挑戦したいと思いました。誰かと共に作り上げる方がその過程を楽しめますし、喜怒哀楽も共有できます。また、一人の人間の能力には限界がありますから、自分と異なる分野を得意とする人とは補完関係にもなるでしょう。サービスの成功確率も高まるのではと考えました」
こう語るのは、マンション比較の口コミサイト「マンションノート」を運営する、レンガ代表取締役社長の藤井真人氏。ソーシャルショッピングサイト「BUYMA」を運営するエニグモの創業メンバーであり、レンガで2度目の起業となる。
マンション比較の口コミサイト「マンションノート」を運営する、レンガ代表取締役社長の藤井真人氏 |
起業熱が高まるタイミングで同僚から誘いが
藤井氏 : 新卒で入社した博報堂では、マーケティング業務に従事していました。自動車メーカーや携帯電話会社など約20社の大手企業を担当する中で、現場から経営層までさまざまな方にお会いできたこと、マーケティングのスキームを幅広く勉強できたことも、純粋に面白味がありました。
私の場合、大学が起業家を多く輩出する慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)だったこともあり、学生時代からなんとなく頭の片隅に、起業についての意識があったという感じです。
真剣に起業を考えるようになったのは、20代半ば頃からです。とはいえ10年以上前のことですから、現在とは状況がまったく異なり、起業する人は決して多くありませんでした。そんな中、MBA受験の予備校に通い始めたんです。キャリアアップや転職に有利そうだからという目的ではなく、単純に仲間が欲しかった。MBAでは起業に対する考え方や心構えを学べる「アントレプレナーシップ」の授業があると聞いて、その授業には起業したい学生が世界中から集まってくるに違いない、という期待がありました。
博報堂の同僚だった須田(現エニグモ代表取締役)たちから、一緒に起業しないかと声をかけられたのは、そんな絶妙なタイミングでした。起業するなら一人よりも仲間と一緒に、といった思いが当時からあったので、会社設立から取締役COOとして参加し、2010年までの計6年間あらゆる業務に従事しました。最初はサイトの遷移図を作ることから、資金調達や提携業務など、会社を拡大していくプロセスにおいてさまざまな経験を積むことができました。
プロダクト想起のきっかけは身近にあった
――― その後、また博報堂へ戻られたと伺っています
そうですね。お世話になった方々へ退職の連絡をした際、ありがたいことに、いくつかお誘いをいただいて。5つくらい選択肢がありましたが、博報堂の上層部の方から「戻ってこないか?」とお誘いいただき、考え抜いた結果戻りました。そこで2年半ほどIT関連の新規事業開発や経営企画業務を担当し、2012年12月にレンガを創業しました。
――― その4カ月後、2013年3月にマンションノートをリリースしていますね
2010年ころ、マンションを買うことを検討しており物件を見に行きました。そのとき初めて受けた衝撃が、マンションノートを想起するきっかけになったのかもしれません。
物件見学の際にお世話になった不動産会社の担当者さんで、"物件の良い点"しか言わない方がいらっしゃいました。私自身、当時マンションに住んでいたので、住まいそのものは気に入っていても、周辺環境や駅までの距離が気になる、なんてこともありました。だからこそ「完璧なマンションなんてあるのかな?」と素朴な疑問を感じたのです。
ただ、今回は賃貸ではなく購入ですから、こちらとしてもより詳しい情報を入手したいわけです。住人の方にリアルな話を聞いてみたいと思いましたが、不動産会社の方がいる前で声をかけづらいですし、そもそも住人も「こちらのマンションの購入を検討しているのですが……」と見知らぬ相手から話しかけられたら、不審に感じますよね(笑)。
そもそもマンションは一棟建つと、数十戸~数百戸の家庭が入居します。都内最大級のマンションには2000世帯が住んでいるほどです。そして、住み替えを行う人もいますから、住民はどんどん入れ替わっていく。
つまり、そのマンションを「体験」している方は、かなりの数いることになります。それなのに、なぜ情報が適切なかたちで、欲しい人に伝わる場がないのかなと、課題に感じるようになりました。実体験を通じて「住人の生の声を聞きたい」と強く思い、それがマンションノートを生み出す原動力になったのだと思います。
サービスの信頼性を担保する"地道な"取り組み
――― マンションノートが核として持っている考え方、運営方針について教えてください
私たちがずっと目指しているのは、体験者の声を適切なかたちで検討者へ渡すこと。そのために、サービスの信頼性を高める努力をし続けてきました。とくに、口コミの審査プロセスは慎重に検討・作成し、現在も改善を重ねています。
投稿時にはNGワードの自動チェックはもちろん、良い点と気になる点を両方書かないと投稿できない設定にもしています。結果としては、一部のマンションばかりを評価したり、横に建つマンションを誹謗中傷したりする業者(サクラ)を減らす効果がありました。
審査時にはシステムによるチェックのほか、口コミを約100項目以上で審査する人的チェックを行います。生の口コミにふれることが大事だと考えているので、僕はもちろん、メンバー全員が人的チェックに対応できます。
また、現在口コミ数が最多となるマンションには、730件ほどの口コミが入っています。内部調査でその中の口コミの信頼性が危うい可能性があるとなると、事実関係調査のため現地へ足を運ぶこともあります。
――― 厳しく審査してクリーンな環境を保つ代わりに、掲載可能な口コミは少なくなる……そんなジレンマを感じることはありますか?
おっしゃる通り、信頼性の担保と情報量は真逆の位置関係にあります。私たちの掲げるルールを守れば守るほど、掲載できる口コミ数は減ってしまいます。それでも何が重要なのかを考えた結果、信頼性をとる判断をしました。
創業期のベンチャーで働く経験は何者にも代えがたいものになる
――― マンションノートのビジネスモデル、今後目指している方向性について教えてください
大前提として、今のところは会社を運営できさえすれば、売上に固執しなくても良いと考えています。それよりは一人でも多くの方に利用していただき、サービスを拡大していきたい思いが強いですし、ものづくり発想の強い会社なので、自分たちがサービス作りに専念できる環境を作ることが、何よりも大事だと考えています。
とはいえ最低限のお金は必要ですから、IT不動産領域の企業さまと提携し、彼らが持つ空き物件情報を掲載し、問い合わせが発生したぶんの成果報酬をいただくという取り組みは行っています。ちなみに、VCの方からご案内をいただくこともありますが、これまで増資を一度もしていません。資本準備金を含めた1990万円をベースに約3年間やってきました。
――― それは驚きますね
一度起業した経験があるため、助成金の情報にも詳しいですし、そもそも資金調達には時間と手間がかかります。現状は、その業務にリソースをかけるのではなく、サービス改善に努めたい。もちろん今後、適切なタイミングでの資金調達は行うこともあると思います。
将来的なビジネスモデルとしては、BtoC/BtoBともにさまざまな可能性があると考えています。たとえば、現状一部の口コミは誰でも読めますが、すべて読もうとすると自分でも投稿しなければなりません。ユーザーからは「課金するから、投稿しなくても口コミをすべて読めるようにしてほしい」といった問い合わせもきています。
BtoBにおいては「口コミデータを売ってほしい」との問い合わせがくることもあります。現時点では販売を行うつもりはありませんが、多くの会社でマーケティングデータとして活用いただく方法も考えられるでしょう。
――― 最後に、起業家を目指す人に向けて、アドバイスをお願いします
ベンチャー経営者という"専門職種"があるのではと思うくらい、1回目の起業と同じようなことがレンガ立ち上げ時にも起きました。すべて一度経験済ですから、二度目の方がより良い形で立ち上げることができたことは事実です。次は◯◯が起きそうだなと先読みして、悪い方向へ進んでいかないよう、上手く軌道修正できたのだと思います。
ちなみに、創業期のベンチャー企業で働くことは、役員のポジションではなくても、十分価値やメリットがあります。作りたいサービスがあって起業家を目指したい人には、できれば10人以下、多くて20人以下のベンチャーに入り、そこで経験を積むことをおすすめします。
小規模な会社では役員や社員という肩書に関係なく、いろいろな業務に携わることができる可能性がありますから。そこで働くうちにベンチャーの良いところ、つらいところをたくさん目の当たりにするはずです。そういった経験こそが、起業後に活きてくると思います。